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カテゴリ:04年牧場写真( 55 )


2004年 09月 08日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その16-(メジロライアン)

2004年8月21日(土)AM アロースタッド

タイキシャトル君の次に会ったのは、大種牡馬ノーザンテーストの血を引継ぎ、父内国産種牡馬のエース格として活躍中の、メジロライアン君です。

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放牧地の中で会えました^^ トレードマークのモヒカンカットのたてがみは、健在でした^^

メジロライアンは、90年の弥生賞を制覇してクラシックの主役となりましたが、その後は常に優勝候補に挙げられながら、皐月賞3着、ダービー2着、菊花賞3着、有馬記念2着、天皇賞・春4着とあと一歩GIに届かないレースが続きました。後方待機から力強い末脚を見せるのに、あと一歩届かないもどかしい走りで、大変やきもきしました。しかし、91年の宝塚記念では、いつもと違う4角先頭の積極的なレースでメジロマックイーンを完封し、悲願のGI制覇を達成しました。ウイニングランで横山典弘騎手がヘルメットを脱いでペコリと頭を下げていたのが、とても印象に残っています。種牡馬としても初年度からオークス馬・メジロドーベル、天皇賞馬・メジロブライトを出して、父内国産馬の星として活躍しています。

余談ですが、メジロライアンの世代はかなりハイレベルだったと思います。この世代の頂点に立ったアイネスフウジンは、朝日杯3歳Sをマルゼンスキーと並ぶタイレコード勝ち、日本ダービーもレコードタイムで逃げ切りました。(このダービーレコードは、今年キングカメハメハが塗り替えるまで、長く残っていました。)菊花賞馬メジロマックイーンは、春の天皇賞連覇、宝塚記念を勝つなど史上初の10億円ホースに、メジロパーマーは宝塚記念と有馬記念を逃げ切ってグランプリを連覇、短距離に目を向ければマイルCSを連覇したダイタクヘリオス、安田記念・スプリンターズSを勝ったダイイチルビーがいましたし、桜花賞馬アグネスフローラは、アグネスフライトとアグネスタキオンを産み、名繁殖牝馬となりました。GIに手が届かなかった馬の中にも、3歳時に挑戦したジャパンCで日本馬最先着したホワイトストーン、天皇賞・安田記念・宝塚記念を2着したカミノクレッセ、牝馬賞金女王(当時)イクノディクタスがいました。そして、忘れちゃいけない僕のハンドルネームにもなっている天皇賞馬プレクラスニーとレッツゴーターキンもこの世代です。本当に多士済々の顔ぶれでした。それだけにメジロライアンの種牡馬としての活躍は、この世代の代表として頑張ってくれているようで、とても嬉しく思っています。

メジロライアン
1987年生 19戦7勝 父アンバーシャダイ 母メジロチェイサー(母の父メジロサンマン)
GI勝利 1991年宝塚記念

by Yuuichiro_K | 2004-09-08 22:12 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(4)
2004年 09月 07日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その15-(タイキシャトル)

2004年8月21日(土)AM アロースタッド

今日は、日本競馬史に燦然と輝く、歴史的名馬・顕彰馬の登場です。日本競馬の悲願だった海外GI制覇を達成した98年の年度代表馬、世界のタイキシャトル君です。
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            なんだか、とっても眠そうなシャトル君でした^^;

タイキシャトルは、短距離で日本競馬史上最強といえる成績を残しました。97年4月の未勝利戦が初出走とデビューは遅かったのですが、恐るべき能力は秋に開花します。ダートのユニコーンSで初重賞制覇を挙げると、以後は芝短距離路線で圧倒的な強さを見せ続けました。スワンS、マイルCS、スプリンターズSを楽勝、史上初の3歳馬による秋の古馬短距離GI完全制覇を達成し97年の最優秀スプリンターに選出されました。98年は初戦の京王杯スプリングCをレコードタイムで完勝、安田記念は不良馬場を全く問題にせず圧勝。そして日本競馬の悲願・海外GI制覇を目指してフランスに遠征、欧州マイル王決定戦・ジャックルマロワ賞に挑戦し、堂々1番人気で優勝したのでした。帰国後も、凱旋レースとなったマイルCSを5馬身差で圧勝し、重賞8連勝を達成。ラストランとなったスプリンターズSは、まさかの3着に敗れましたが、短距離ホースとして、また外国産馬として史上初めて年度代表馬に選出されました。種牡馬としても初年度からGIホース、ウインクリューガーを出すなど好調なスタートを切っています。

タイキシャトル
1994年生 13戦11勝 父Devil's Bag 母Welsh Muffin(母の父Caerleon)
GI勝利 1997年マイルCS スプリンターズS 1998年安田記念 ジャックルマロワ賞(仏GI) マイルCS

by Yuuichiro_K | 2004-09-07 22:38 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(2)
2004年 09月 06日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いにいきました-その14-(ラムタラ)

2004年8月21日(土)AM アロースタッド

セイウンスカイ君の次に会ったのは、4戦無敗で欧州三大レース(英ダービー、Kジョージ六世&QエリザベスS、凱旋門賞)を制覇した歴史的名馬ラムタラ君です。

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放牧地の中に入らせていただき、撮影することができました。その後、頭をなでさせてくれたうえに2ショット写真も^^

ラムタラの戦績は凄いの一言です。1995年、わずかキャリア2戦で英ダービーを制すると、3戦目でキングジョージ六世&QエリザベスS、4戦目で凱旋門賞を勝ち、「神の馬」と呼ばれました。欧州3冠を無敗で制したのはミルリーフ以来の快挙でした。この4戦で引退し、1年間ダーラムホールスタッドで供用されたあと、社台のサンデーサイレンスに対抗すべく、静内の期待を背負い3000万ドル(33億円)という破格の金額で、日本にやってきました。産駒は残念ながらこれまで大物と呼べる馬を出していませんが、会って最初に受けた印象は、「おお、ド迫力~雰囲気あるなあ」というものでした。このまま終わるわけにはいきません、今後の産駒の活躍に期待したいです。
それにしても、至宝ともいえるラムタラ君をなでることができるなんて思ってもいませんでした。いい思い出ができました^^

ラムタラ
1992年生 4戦4勝 父Nijinsky 母Snow Bride(母の父Blushing Groom)
主な産駒 メイショウラムセス(富士S) ミレニアムスズカ(阪神JS) マルカセンリョウ(名古屋大賞典)

by Yuuichiro_K | 2004-09-06 21:20 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)
2004年 09月 05日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その13-(セイウンスカイ)

2004年8月21日(土)AM アロースタッド

ロイヤルタッチ君たちの次に会ったのは、98年のクラシック2冠馬セイウンスカイ君です。

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              息がかかるほど近くで会えました^^

セイウンスカイは、ビワハヤヒデ以来、ひさびさに現れた芦毛の快速馬でした。98年のクラシック世代は、非常にハイレベルで、同世代にはスペシャルウイーク(GI4勝)、グラスワンダー(GI4勝)、エルコンドルパサー(GI3勝、凱旋門賞2着)、エアジハード(4歳時・春秋マイルGI連覇)、アグネスワールド(海外GI2勝)、キングヘイロー(高松宮記念)・・・史上最強レベルだったと思っています。そのハイレベルな世代の中で勝ち取ったクラシック2冠は、本当に価値あるものです。皐月賞、菊花賞とも余裕のある逃げ切り勝ちでした。特に菊花賞は、3000Mの世界レコードタイム(3’03’2)の勝利でまさに圧巻でした。古馬になってからは、脚元の不安もあって重賞勝ちは4歳時の日経賞と札幌記念の2つに留まりましたが、その鮮烈な逃げは、今でも印象に残っています。

セイウンスカイ
1995年生 13戦7勝 父シェリフズスター 母シスターミル(母の父ミルジョージ)
GI勝利 1998年皐月賞 菊花賞

by Yuuichiro_K | 2004-09-05 17:17 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)
2004年 09月 04日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その12-(ロイヤルタッチ&ワイルドラッシュ)

2004年8月21日(土)AM アロースタッド

静内スタリオンステーションの次に訪れたのは、ここも名馬の宝庫、アロースタッドです。
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最初に迎えてくれたのは、96年のクラシックで活躍した(皐月賞・菊花賞2着)ロイヤルタッチ君と今日(!)、産駒のパーソナルラッシュがエルムSを制したワイルドラッシュ君でした。

ロイヤルタッチ
1993年生 15戦3勝 父サンデーサイレンス 母パワフルレディ(母の父マルゼンスキー)
重賞成績 1995年ラジオたんぱ杯3歳S 1996年きさらぎ賞
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             とっても人懐っこく、かわいかったです^^


ワイルドラッシュ
1996年生 16戦8勝 父Wild Again 母Rose Park(母の父Plugged Nickle)
主な産駒 ハリウッドストーリー(ハリウッドスターレットS・米GI)パーソナルラッシュ(ダービーGP)
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     アメリカに残した産駒はGIを勝っており、これから楽しみな種牡馬です

by Yuuichiro_K | 2004-09-04 21:32 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(3)
2004年 09月 03日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その11-(ツクバシンフォニー&スマートボーイ)

2004年8月21日(土)AM 静内スタリオンステーション

静内スタリオンステーションでの牧場見学の最後を飾るのは、長く渋い活躍をした2頭です。

ツクバシンフォニー
1993年生 26戦4勝 父Danehill 母Lyndonville(母の父Top Ville)
重賞成績 1998年エプソムC
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重賞勝ちはわずか一つでしたが、重賞で2着が多い馬でした。(NHKマイルC、毎日王冠など)

スマートボーイ
1995年生 62戦11勝 父アサティス 母アンラブル(母の父ノーリュート)
重賞成績 2000年・2001年アンタレスS 2002年・2003年平安S 2003年マーチS
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  京都1800Mの鬼でした。伊藤直人君との名コンビで穴党を喜ばせてくれました


ひとつ残念なニュースがあります。この静内スタリオンステーションは今年の9月に閉鎖してしまうらしいのです; ; これだけの馬と一度に会えるのは、もう最後になってしまいました。とても残念ですし、そして、なんといっても今回出会えた馬たちみんなの落ち着き先が見つかることを心から願っています。。。
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            今月で無くなってしまうのは、本当にショックです

by Yuuichiro_K | 2004-09-03 12:37 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(9)
2004年 09月 02日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その10-(サウスヴィグラス)

2004年8月21日(土)AM 静内スタリオンステーション

静内スタリオンステーションは、とても広く、道路の両側にまたがって放牧地があります。
道路を渡り、最初に会ったのは、昨年引退したばかりのサウスヴィグラス君です。
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        昨秋の引退レース(JBCスプリント)以来の再会になりました

サウスヴィグラスは、地味ながらダートのスプリント路線を長く活躍した名馬でした。特にすごかったのは6歳以降で、2002年の根岸Sを勝って初重賞制覇を達成すると以後は破竹の勢いで、黒船賞、かきつばた記念、北海道スプリントC、クラスターC、年を越して2003年の根岸S、北海道スプリントCまで、なんと重賞6連勝を達成。しかも、かきつばた記念、北海道スプリントC、クラスターCと3戦続けてレコード勝ちという、素晴らしい走りを見せました。そして、引退レースとなった最後のレースJBCスプリントを勝ち、見事に初GI制覇で有終の美を飾りました。このレースは現場で見ていましたが、7歳秋だというのに衰えることのないスピードに感動しました。心から拍手を送ったことを思い出します。この活躍が評価されたのでしょう、今春の種付け頭数は150頭以上と静内スタリオンステーションで最も人気の種牡馬となっていました。

サウスヴィグラス
1996年生 33戦16勝 父エンドスウィープ 母Darkest Star(母の父Star de Naskra)
GI勝利 2003年JBCスプリント

by Yuuichiro_K | 2004-09-02 20:47 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)
2004年 09月 01日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その9-(アサティス&カリスタグローリ)

2004年8月21日(土)AM 静内スタリオンステーション

今日、紹介する馬は、国内でGIを勝っていないけれど、種牡馬として活躍中の2頭です。
アサティス君は、人から離れるように食事をしてました。逆にカリスタグローリ君は人懐っこくこちらに寄ってきました^^

アサティス
1985年生 16戦6勝 父Topsider 母Secret Asset(母の父Graustark)
主な産駒 ウイングアロー(JCダート)メイショウテゾロ(シンザン記念)スマートボーイ(アンタレスS)ビクトリーアップ(中山大障害)
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カリスタグローリ
1988年生 6戦3勝 父ブレイヴェストローマン 母ロッチテスコ(母の父テスコボーイ)
重賞成績 1991年クリスタルC
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by Yuuichiro_K | 2004-09-01 23:55 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)
2004年 08月 31日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その8-(サクラチトセオー)

2004年8月21日(土)AM 静内スタリオンステーション

ウイニングチケットの隣の放牧地には、ウイニングチケットと同い年で、同じ父(トニービン)を持つ、95年秋の天皇賞馬・サクラチトセオー君がおりました。

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          人を避け、遠く離れたところで、牧草を食べていました。

サクラチトセオーは、今時珍しい4コーナー最後方待機からの追い込みで、95年の安田記念をハナ差2着、秋の天皇賞を勝利した個性派でした。彼は2歳時、新馬、特別を連勝し、3戦目のNHK杯で3着して、4戦目でダービーに出走(11着)した素質馬でした。また、94年の京王杯AHでは、当時のマイルの日本レコード1’32’1を叩き出すなど、優れたスピードも見せてくれました。これほどの馬がなぜ後方一気のスタイルを採らなければならなかったのか謎ですが(体に弱いところがあるので、能力をどこかに集中させるような乗り方をせざるを得なかったという説があります)結果的に、とてもドキドキさせてくれるレース振りで、魅せてくれました。

サクラチトセオー
1990年生 21戦9勝 父トニービン 母サクラクレアー(母の父ノーザンテースト)
GI勝利 1995年天皇賞・秋

by Yuuichiro_K | 2004-08-31 22:26 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)
2004年 08月 30日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その7-(ウイニングチケット)

2004年8月21日(土)AM 静内スタリオンステーション

ウイングアロー&アサティス親子の次は、いよいよダービー馬との対面です!
93年の日本ダービーを制したウイニングチケット君です。
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                 ずっと、柵寄りにたたずんでいました

ウイニングチケットといえば、なんといっても93年日本ダービーでの激戦を思い出します。手綱をとるのはベテラン・柴田政人騎手。彼は、これまでダービージョッキーになっていないことが不思議なほどの名騎手でした。ダービーでは、執念を感じさせる豪快なアクションで、内を突いたビワハヤヒデ、外から追い込むナリタタイシンの追撃を振り切り、見事1番人気に応えて勝利し、ついに嬉しい悲願のダービージョッキーとなったのでした。(名前のとおり勝利の切符をつかんだのですね^^)
93年のクラシックは、名手と名馬がコンビを組む、ファンにはたまらない年でした。岡部騎手・ビワハヤヒデ(菊花賞)、武豊騎手・ナリタタイシン(皐月賞)と共に3強と呼ばれ、それぞれが勝ったレースでは持ち味を発揮し、見ごたえある勝負を見せてくれました。残念ながら、ウイニングチケットのダービー制覇後の勝ち星は1勝(京都新聞杯、後方一気の鬼脚で勝利)だけで、菊花賞、ジャパンCと連続して3着に敗れるなど、あと一息のレースが続き、最後は、94年の天皇賞・秋でライバル・ビワハヤヒデと同様に脚部不安を発症し、引退しました。しかし、ダービーのレース後の声援、祝福の声の大きさは、平成ダービー屈指のものだったと現場にいた私は確信しております。(1番すごかったのは90年のアイネスフウジンの時かなあ)

ウイニングチケット
1990年生 14戦6勝 父トニービン 母パワフルレディ(母の父マルゼンスキー)
GI勝利 1993年日本ダービー

by Yuuichiro_K | 2004-08-30 20:56 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)