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カテゴリ:天国に旅立った名馬( 48 )


2018年 03月 07日

ダートの名スプリンター&大種牡馬サウスヴィグラスが死亡

大変悲しいニュースです。現役時代は2003年JBCスプリント(GI)など重賞8勝を挙げ、種牡馬としても4度の地方競馬リーディングサイアーになり大成功を収めていた名馬サウスヴィグラス(牡22)が今月4日に亡くなりました。1月下旬に疝痛を発症し手術後、静養していましたが残念ながら回復なりませんでした。

サウスヴィグラスのエピソードは、2004年9月2日の記事で紹介したとおり、ダートのスプリントレースで3度もコースレコードを叩き出すなど、素晴らしいスピードを武器に活躍した名馬でした。

種牡馬入り後も、交流GI馬3頭(ラブミーチャン、コーリンベリー、ヒガシウィルウィン)を輩出。2012年、2015年、2016年、2017年と4度の地方競馬リーディングサイヤーに輝くなど現在も大活躍中だっただけに、本当に残念なことになりました。

今日は、2004年、2005年の牧場見学で会った時の写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。どうか安らかに眠ってください。心からご冥福をお祈りします。

サウスヴィグラス
父End Sweep 母Darkest Star(母の父Star de Naskra)
1996年4月19日生 牡22 栗毛 アメリカ・Samuel H.Rogers,Jr.生産 美浦・高橋祥泰厩舎
(通算成績)33戦16勝
(重賞勝利)2003年JBCスプリント(GI)、2003年・2002年根岸S(GIII)、2003年・2002年北海道スプリントC(GIII)、2002年クラスターC(GIII)、かきつばた記念(GIII)、黒船賞(GIII)
(主な産駒)ラブミーチャン(全日本2歳優駿)、コーリンベリー(JBCスプリント)、ヒガシウィルウィン(ジャパンダートダービー)、ナムラタイタン(武蔵野S)
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この日は、人懐こく近寄ってきてくれました。(撮影日2005年8月20日・アロースタッド)

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この時はまだ種牡馬入りしたばかりで、現役時代と変わらぬ美しい馬体でした。(撮影日2004年8月21日・静内スタリオンステーション)

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by Yuuichiro_K | 2018-03-07 20:34 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 27日

マルゼンスキーのスピードを受け継いだ名中距離馬ネーハイシーザーが死亡

大変残念なニュースです。塩村克己騎手との名コンビで類い希なスピードを武器に1994年天皇賞・秋(GI)など重賞5勝を挙げた名馬ネーハイシーザー(騸28)が、昨日26日に繁養先の日高・荒木克己育成牧場で亡くなりました。自力で起き上がれなくなったとのことで老衰だったようです。

ネーハイシーザーは、3強対決で沸いたウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンと同世代。父は1988年ダービー馬サクラチヨノオーの全兄サクラトウコウというマイナー種牡馬でしたが、1992年12月ダート1000m戦でデビュー勝ち。1993年4月の春蘭S(OP)で芝のレース初勝利を挙げると、9戦目の中日スポーツ賞4歳S(GIII)を1'45'2のレコードで重賞初制覇。秋には神戸新聞杯(GII)で後の菊花賞馬ビワハヤヒデの2着に好走するも、続く菊花賞(GI)は18着に大敗。以降は、得意の中距離路線で先行策から押し切るスピードを武器に素晴らしい活躍を見せてくれました。

1994年春は大阪杯(GII)、当時は2000m戦だった京阪杯(GIII)と重賞連覇。宝塚記念(GII)ではビワハヤヒデに次ぐ人気を集めました(2番人気、結果5着)。そして、秋初戦の毎日王冠(GII)で1'44'6の驚異的な日本レコードで優勝すると、続く天皇賞・秋(GI)では、人気を集めた同世代のクラシックホース・ビワハヤヒデ、ウイニングチケットらを相手に得意の先行策から抜け出す横綱相撲で完勝、悲願のGI初制覇を飾りました。

その後は、脚部不安もあり勝利を挙げることはできずに引退、種牡馬入りしましたが、残念ながら後継馬を出すことはできませんでした。
しかし、サンデーサイレンス、トニービン、ブライアンズタイムの3大輸入種牡馬が大活躍した90年代に、70年代の歴史的名馬マルゼンスキー(8戦8勝、顕彰馬)の孫という父内国産馬が、輸入種牡馬に負けないスピードで互角以上に戦ったことは、本当に凄いことだったと思います。素晴らしい走りをありがとう!心からご冥福をお祈りします。

ネーハイシーザー(撮影日1994年10月30日・天皇賞・秋)
父サクラトウコウ 母ネーハイテスコ(母の父テスコボーイ)
1990年4月27日生 騸28 黒鹿毛 浦河・大道牧場生産 栗東・布施正厩舎
(通算成績)23戦8勝
(重賞勝利)1994年天皇賞・秋(GI)、毎日王冠(GII)、大阪杯(GII)、京阪杯(GIII)、1993年中日スポーツ賞4歳S(GIII)
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by Yuuichiro_K | 2018-02-27 22:25 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 23日

史上に残る名マイラー・ノースフライトが死亡

大変残念なニュースです。日本競馬史上に残る名マイラーであり、繁殖馬としても孫に天皇賞馬ビートブラックを輩出した名牝ノースフライト(牝28)が22日心不全のため、余生を送っていた浦河町・大北牧場で亡くなりました。

ノースフライトは、1993年5月デビュー勝ち。4戦目の府中牝馬S(GIII)で格上挑戦をものともせず快勝して初重賞制覇を飾ると、続くエリザベス女王杯(GI)もホクトベガの2着に好走。あっという間に牝馬のトップクラスに駆け上がりました。

その後は、マイル路線を歩むと、阪神牝馬特別(GIII)、京都牝馬特別(GIII)を共に完勝。強豪牡馬相手となったマイラーズC(GII)では、後にGIホースとなるマーベラスクラウン(ジャパンC)やネーハイシーザー(天皇賞・秋)、朝日杯3歳S馬エルウェーウィン相手にレコードタイムで勝利。牝馬離れした強さを見せつけると、春のマイル王決定戦・安田記念(GI)では強豪外国馬相手に後方一気に差し切って、重賞4連勝で見事GI初制覇を飾りました。
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思い出の安田記念の馬券。この日のノースフライトは意外にも5番人気で単勝7.0倍もつきました。

秋は、スワンS(GII)から始動。宿命のライバル・サクラバクシンオーの日本レコードの2着に敗れましたが、続くマイルCS(GI)では、サクラバクシンオーを直線並ぶ間もなく差し切ってレコードタイムで完勝し、春秋マイルGI連覇達成。見事引退の花道を飾りました。

なお、引退後は繁殖入りし、重賞勝ち馬は輩出できなかったものの、産駒のミスキャスト(父サンデーサイレンス)が種牡馬となり、その子ビートブラックが天皇賞馬となる活躍を見せました。

グレード制導入後、同一年のマイルGIを制した馬は、他にニホンピロウイナー、タイキシャトル、エアジハード、ダイワメジャー、モーリスのわずか5頭しかおらず、牝馬で達成した馬は、未だノースフライトだけであり、正に彼女は歴史的名マイラーでした。素晴らしい走りをありがとう!心からご冥福をお祈りします。

ノースフライト(撮影日1994年5月15日・安田記念)
父トニービン 母シャダイフライト(母の父ヒッティングアウェー)
1990年4月12日生 牝28 鹿毛 浦河・大北牧場生産 栗東・加藤敬二厩舎
(通算成績)11戦8勝
(重賞勝利)1995年安田記念(GI)、マイルCS(GI)、マイラーズC(GII)、京都牝馬特別(GIII)、1994年府中牝馬S(GIII)、阪神牝馬特別(GIII)
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by Yuuichiro_K | 2018-01-23 21:45 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 15日

追悼、メラグラーナ(17’スプリンターズS7)

今日はスプリンターズS(GI)7着馬、先月の京阪杯(GIII)でレース中の故障のため残念ながらこの世を去ったメラグラーナちゃんをいつもより大きめのサイズで掲載します。

メラグラーナは、2015年3月のダート1200mの3歳未勝利戦をデビュー勝ち。初の芝のレースだった3戦目の500万下戦で2勝目を挙げると、以降は芝の短距離戦を中心にレースを重ね、2016年9月にオープン入り。今年のオーシャンS(GIII)で1番人気の期待に応え見事重賞初制覇を飾りました。その後も高松宮記念(GI)で3番人気(結果10着)、今年のスプリンターズS(GI)で2番人気(結果7着)に推されたように、GIの舞台でも上位人気になるほど期待されたのですが、京阪杯のレース中の故障のため、予後不良となってしまいました。

パドックは牝馬離れした雄大な好馬体が目につき、個人的にもオーシャンS(GIII)やスプリンターズS(GI)、最後のレースとなった京阪杯(GIII)も単複馬券を買って応援していたこともあり、本当に悲しいです。心からご冥福をお祈りします。どうか安らかに眠ってください。

メラグラーナ
父Fastnet Rock 母Ghaliah(母の父Secret Savings)
2012年8月21日生 牝5 鹿毛 オーストラリア・Emirates Park Pty Ltd生産 栗東・池添学厩舎
(通算成績)20戦7勝
(重賞勝利)2017年オーシャンS(GIII)
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by Yuuichiro_K | 2017-12-15 21:38 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 29日

追悼、アドマイヤデウス

大変悲しいニュースです。今年の天皇賞・春(GI)4着後、オーストラリアに移籍していた数少ない貴重なアドマイヤドン産駒の活躍馬・アドマイヤデウス(牡6)が調教中の故障のため、懸命の治療も及ばず死亡していたことが判明しました。

アドマイヤデウスは、2013年11月にデビュー(結果3着)、3戦目で初勝利。3歳春に若葉S(OP)を勝ってクラシック路線に乗ると、皐月賞(GI)9着、日本ダービー(GI)7着と健闘しました。

本格化したのは4歳時で、ダービー以来7ヶ月振りのレースだった日経新春杯(GII)を快勝して重賞初制覇を飾ると、続く日経賞(GII)では天皇賞馬フェノーメノ、菊花賞2着馬のウインバリアシオン、サウンズオブアースらを相手に完勝して重賞2連勝。ただ、この年は以降、古馬王道路線を歩むも天皇賞・春(GI)15着、天皇賞・秋(GI)11着、ジャパンC(GI)16着、有馬記念(GI)7着と結果を残すことはできませんでした。

5歳時は京都記念(GII)、阪神大賞典(GII)で連続3着。秋の京都大賞典(GII)では、この年の年度代表馬に選ばれるキタサンブラックのクビ差2着と長距離GII戦で好走。ただ、GIでは天皇賞・春9着、天皇賞・秋6着、有馬記念11着と前年同様、一息の結果に終わりました。

明け6歳となった今年は、初戦の日経賞で3着。そして3年連続の出走となった天皇賞・春では日本レコードで勝ったキタサンブラックから0.3秒差の4着と健闘。ついに鬼門だったGI戦でも好走したのですが、8月にオーストラリアに電撃移籍となりました。異国での活躍が期待されましたが、レースに出走することなく、故障のためこの世を去ってしまいました。アドマイヤの冠名の先輩アドマイヤラクティもオーストラリアでレース後に急死しており、繰り返された悲劇に言葉もありません。本当に残念なことになりました。

今日は、アドマイヤデウス君の写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。心からご冥福をお祈りします。

アドマイヤデウス(撮影日2016年10月30日・天皇賞・秋)
父アドマイヤドン 母ロイヤルカード(母の父サンデーサイレンス)
2011年6月6日生 牡6 栗毛 浦河・辻牧場生産 栗東・梅田智之厩舎
(通算成績)22戦5勝
(重賞勝利)2015年日経賞(GII)、日経新春杯(GII)
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by Yuuichiro_K | 2017-11-29 22:19 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 15日

ファルコンS優勝馬コウソクストレートが蹄葉炎のため急死

大変、残念なニュースです。今日、今年のファルコンS(GIII)優勝馬・コウソクストレート(牡3、美浦・中館厩舎)が蹄葉炎のため急死したことが判明しました。

コウソクストレートは、2016年7月にデビュー勝ち。続くくるみ賞(500万下)も勝ち2連勝。その後は短距離重賞路線を歩み、重賞挑戦3戦目のファルコンS(GIII)で待望の重賞初制覇を飾りましたが、これが最後のレースとなってしまいました。コウソクストレートの血統をたどると、3代前の母に10冠ベビー(父シンボリルドルフ、母メジロラモーヌ)メジロリベーラがおり、密かに応援していただけに悲しいです。まだ若いのに本当に残念なことになりました。

今日は、京王杯2歳S(GII)出走時の写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。心からご冥福をお祈りします。

コウソクストレート(撮影日2016年11月5日・京王杯2歳S)
父ヴィクトワールピサ 母メジロアリス(母の父アドマイヤコジーン)
2014年2月27日生 牡3 鹿毛 洞爺湖・レイクヴィラファーム生産 美浦・中舘英二厩舎
(通算成績)5戦3勝
(重賞勝利)2017年ファルコンS(GIII)

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by Yuuichiro_K | 2017-11-15 21:09 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 07日

短距離GI2勝、スプリントGI産駒2頭輩出の名馬アドマイヤコジーンが死亡

大変残念なニュースが飛び込んできました。2002年安田記念(GI)、1998年朝日杯3歳S(GI)を制した名馬アドマイヤコジーン(牡21)が、6日、繋養先の日高町・クラウン日高牧場で大動脈破裂のため亡くなりました。

アドマイヤコジーン君のエピソードは、2005年8月31日の記事でも紹介しましたが、3歳王者になったように早い時期から活躍するも、骨折で1年7ヶ月もの長期休養の試練を乗り越えて、引退した2002年(7歳時)に最優秀短距離馬に選出されるという快挙を達成した不屈の名馬でした。

また、朝日杯3歳S優勝時にはマイケル・ロバーツ騎手に日本競馬史上初めて外国人騎手によるGI制覇(ジャパンCを除く)を、安田記念優勝時には今は亡き後藤浩輝騎手に涙の初GI制覇をプレゼントしたことも印象深いです。
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初GI制覇となった朝日杯3歳Sのウイニングラン、懐かしのマイケル・ロバーツとのコンビです。(撮影日1998年12月13日)

なお、引退後は種牡馬としてスプリンターズS(GI)優勝馬2頭(アストンマーチャン、スノードラゴン)を輩出したのも見事でしたね。今日は最後に2004年の牧場見学で会った時の写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。どうか安らかに眠ってください、心からご冥福をお祈りします。

アドマイヤコジーン(撮影日2004年8月22日・社台スタリオンステーション)
父Cozzene 母アドマイヤマカディ(母の父ノーザンテースト)
1996年4月8日生 牡21 芦毛 大樹町・大樹ファーム生産 栗東・橋田満厩舎
(通算成績)23戦6勝
(重賞勝利)2002年安田記念(GI)、1998年朝日杯3歳S(GI)、2002年阪急杯(GIII)、東京新聞杯(GIII)、1998年東京スポーツ杯3歳S(GIII)
(主な産駒)アストンマーチャン(2007年スプリンターズSほか)、スノードラゴン(2014年スプリンターズS)、マジンプロスパー(2012年阪急杯ほか)
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by Yuuichiro_K | 2017-06-07 22:22 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2017年 05月 16日

最強マイラーの系譜を忘れない、安田記念連覇・GI3勝の名馬ヤマニンゼファー逝く

今日、大変残念なニュースが飛び込んできました。1992年・1993年安田記念(GI)、1993年天皇賞・秋(GI)を制した名馬ヤマニンゼファーが、今朝、繋養先の新冠町・錦岡牧場で老衰のため亡くなりました。29歳の大往生でした。

ヤマニンゼファーのエピソードは、2004年9月19日の記事でも紹介しましたが、1984年のグレード制導入直後に現れた歴史的名短距離馬・ニホンピロウイナー(マイルCS連覇、安田記念優勝など24戦15勝)の子として、父同様、親子2代でマイル路線を中心に大活躍し、血のドラマを感じさせてくれた名馬でした。

ヤマニンゼファーは、クラシック二冠などGI4勝の顕彰馬トウカイテイオーと同世代で、1991年3月にダート1200m戦をデビュー勝ち。その後も主にダート1200m戦を使われ続けて1992年2月にオープン入りを果たすと、同年の京王杯SC(GII)で3着に好走。続く初のGI挑戦だった安田記念は、前年の2頭のマイル王(ダイイチルビー、ダイタクヘリオス)、同年の天皇賞・春(GI)2着馬カミノクレッセらを相手に先行策から抜け出す横綱相撲で完勝。初重賞制覇をGIで飾ると共に鞍上の田中勝春騎手にも初GIをプレゼントしました。
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初GI制覇を飾った1992年安田記念(GI)のパドック写真です。この時は11番人気と全く人気はありませんでした。

翌1993年は鞍上に柴田善臣騎手を迎えると、京王杯SC(GII)、安田記念(GI)を共に先行策から抜け出す危なげのないレース運びで完勝。今度は柴田善臣騎手に初GIをプレゼントしました。
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安田記念連覇となった1993年の単勝馬券。この時はニシノフラワーに次ぐ2番人気でした。

秋には、父が3着と涙を飲んだ天皇賞・秋(GI)に出走。因縁の田中勝春騎手騎乗のセキテイリュウオーとの激しい叩き合いをハナ差制し、距離の壁を克服して見事優勝。父を超えマイルに続き中距離でも頂点に立つ偉業を達成しました。続く引退レースとなったスプリンターズ(GI)はサクラバクシンオーの2着に惜敗しましたが、同年の最優秀4歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬に選出されました。

引退後は、種牡馬として1998年武蔵野S(GIII)優勝、同年のジャパンCダート(GI)2着馬サンフォードシチーを輩出しましたが、残念ながら後継種牡馬を出すことはできませんでした。

それでも、ニホンピロウイナーと親子2代で最強マイラーとして一時代を築いた偉業は、永遠に語り継がれていくことでしょう。今日は最後に2004年の牧場見学で会った時の写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。素晴らしい走りをありがとう!ヤマニンゼファー。どうか安らかに眠ってください、心からご冥福をお祈りします。

ヤマニンゼファー(撮影日2004年8月21日・レックススタッド)
父ニホンピロウイナー 母ヤマニンポリシー(母の父Blushing Groom)
1988年5月27日生 牡29 鹿毛 新冠・錦岡牧場生産 美浦・栗田博憲厩舎
(通算成績)20戦8勝
(重賞勝利)1993年天皇賞・秋(GI)、1993年・1992年安田記念(GI)、1993年京王杯SC(GII)
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by Yuuichiro_K | 2017-05-16 23:28 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 24日

スパルタ調教で鍛えた最強の逃げ馬1992年クラシック二冠馬・ミホノブルボン逝く

今日、大変残念なニュースが飛び込んできました。自分が競馬場に通い始めた90年代初めの思い出の名馬、1992年の年度代表馬ミホノブルボンが、今月22日、繋養先の北海道日高町スマイルファームで老衰のため亡くなりました。28歳の大往生でした。

ミホノブルボンは、取引額700万という安馬でしたが、スパルタ調教で鳴らした戸山為夫厩舎で並の馬なら壊れると言われた坂路で一日4本という厳しい調教を積んで鍛えあげられ、歴史的名馬となりました。

デビュー戦は1991年9月。生涯のパートナーとなった小島貞博騎手を背に芝1000mに出走。スタートで出遅れながらも上がり33.1秒の末脚で豪快に差し切り、58.1秒の3歳コースレコードで勝利。続く500万下は6馬身差の圧勝。3戦目の3歳王者決定戦・朝日杯3歳S(GI)はヤマニンミラクルとのハナ差の接戦を制し、3戦3勝で見事1991年JRA賞最優秀3歳牡馬に輝きました。

1992年は皐月賞トライアル・スプリングS(GII)から始動。ノーザンコンダクト、ライスシャワー、サクラバクシンオーらを相手に7馬身差の圧勝を飾ると、続く皐月賞(GI)、日本ダービー(GI)は共に1番人気を背負いながらもスタートから果敢に逃げまくり、最後まで後続を寄せ付けず、堂々逃げ切り無敗の二冠馬となりました。
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思い出の日本ダービーの馬券。無敗の皐月賞馬なのに単勝は2.3倍もつきました。父マグニチュードがスプリンターの子を多く輩出していたことから、距離不安がささやかれていたためですが、不安を払拭して2着に4馬身差をつけて圧勝しました。

秋初戦は菊花賞トライアル・京都新聞杯(GII)を2'12'0の日本レコードで逃げ切りデビュー7連勝。いよいよ1984年シンボリルドルフ以来の無敗の三冠の期待が高まって迎えた運命の菊花賞(GI)は、2番手追走から最後の直線満を持して先頭に立つも、ゴール直前、後に天皇賞・春を2勝する稀代の名ステイヤー・ライスシャワーの強襲を受け1 1/2馬身差の2着に惜敗。無敗の三冠は惜しくもなりませんでした。

その後は脚部不安のため、菊花賞を最後に現役引退。種牡馬入りしましたが、残念ながら後継種牡馬を出すことはできませんでした。

それにしても、他馬の目標になる逃げ馬が、クラシックという大舞台で1番人気を背負って期待に応え続けた(あの伝説の逃げ馬サイレンススズカでさえ、クラシックでは結果を残すことはできなかった)ことは、ほとんど他にはいないはずで、本当に凄いことだったと思います。

また、戸山為夫調教師、小島貞博騎手(後に調教師)、ライバルのライスシャワーは、いずれもあまりにも早くこの世を去ってしまいましたが、ミホノブルボンは彼らの分まで良く長生きしてくれたと思います。素晴らしい走りをありがとうミホノブルボン!心からご冥福をお祈りします。

ミホノブルボン(撮影日1992年4月19日・皐月賞)
父マグニチュード 母カツミエコー(母の父シャレー)
1989年4月25日生 牡28 栗毛 門別・原口圭二生産 栗東・戸山為夫厩舎
(通算成績)8戦7勝
(重賞勝利)1992年日本ダービー(GI)、皐月賞(GI)、1991年朝日杯3歳S(GI)、1992年スプリングS(GII)、京都新聞杯(GII)
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by Yuuichiro_K | 2017-02-24 23:28 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 24日

追悼、シングウィズジョイ

今日は、一昨日行われたAJC杯(GII)のレース中の故障により、残念ながらこの世を去った重賞2勝を挙げた名牝・シングウィズジョイの蹄跡を振り返ります。

シングウィズジョイは、2014年7月にデビュー(結果2着)、2戦目で初勝利。翌2015年君子蘭賞(500万下)を勝ち2勝目を挙げると、続くオークストライアル・フローラS(GII)を勝ち重賞初制覇。牝馬三冠路線はオークス(GI)17着、秋華賞(GI)10着と結果を残すことはできませんでしたが、暮れのターコイズS(重賞)を勝って重賞2勝目を飾りました。

昨年は、中山牝馬S(GIII)15着、府中牝馬S(GII)7着と2連敗。しかし、12番人気で出走したエリザベス女王杯(GI)では3番手から抜け出してゴール直前クイーンズリングに交わされたものの、クビ差2着に大健闘、GIの舞台でも活躍しました。

最後のレースとなったAJC杯(GII)は最後の直線、前の馬と接触しバランスを崩し転倒、重度の骨折を発症したため予後不良となり、本当に悲しいことになってしまいました。今はただ安らかに眠ってください、心からご冥福をお祈りします。

シングウィズジョイ
父マンハッタンカフェ 母シングライクバード(母の父シンボリクリスエス)
2012年2月25日生 牝5 青鹿毛 千歳・社台ファーム生産 栗東・友道康夫厩舎
(通算成績)16戦4勝
(重賞勝利)2015年フローラS(GII)、ターコイズS(重賞)
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(撮影日2015年4月26日・フローラS)
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(撮影日2016年10月15日・府中牝馬S)
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by Yuuichiro_K | 2017-01-24 21:22 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)