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カテゴリ:天国に旅立った名馬( 63 )


2020年 01月 24日

1996年の年度代表馬GI2勝の名馬サクラローレルが死亡

大変残念なニュースです。1996年の天皇賞・春(GI)と有馬記念(GI)を勝ち年度代表馬に輝いた名馬サクラローレル(牡29)が、本日24日朝、繋養先の新ひだか町・新和牧場で老衰のため亡くなりました。

サクラローレルのエピソードは、2004年8月28日の記事で掲載したとおり、横山典弘騎手との名コンビで、ナリタブライアン、マヤノトップガン、マーベラスサンデーといったライバル達と、数多くの名勝負を演じてくれました。中でも印象深いのは、やはりGIを勝った2戦、ナリタブライアン、マヤノトップガン相手に完勝した1996年の天皇賞・春と堂々の1番人気に応えて優勝した有馬記念の走りですね。サクラ冠名の名馬は数多くいますが、今でも長距離部門のサクラ最強馬はサクラローレルだと思っています。

また、引退後は種牡馬として、芝、ダート両部門で重賞勝ち馬を輩出。母の父としても交流GI馬ケイティブレイブを出すなど、活躍しました。

最後に2004年牧場訪問の際に撮った写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。29歳まで本当に良く長生きしましたね。大往生だと思います。心からご冥福をお祈りします。

サクラローレル
父Rainbow Quest 母ローラローラ(母の父Saint Cyrien)
1991年5月8日生 牡29 栃栗毛 静内 谷岡牧場生産 美浦・境勝太郎、小島太厩舎
(通算成績)22戦9勝 
(重賞勝利)1996年天皇賞・春(GI)、有馬記念(GI)、オールカマー(GII)、中山記念(GII)、1995年中山金杯(GIII)
(主な産駒)ナリタセンチュリー(日経新春杯ほか)、シンコールビー(フローラS)、ローマンエンパイア(京成杯)、ロングプライド(ユニコーンS)、ギルガメッシュ(ブリーダーズゴールドC)
1996年の年度代表馬GI2勝の名馬サクラローレルが死亡_b0015386_23170434.jpg
この日は放牧地の中で間近に会うことができて、本当に嬉しかったです。(撮影日2004年8月21日・静内スタリオンステーション)


by Yuuichiro_K | 2020-01-24 23:33 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2020年 01月 06日

1996年菊花賞優勝馬ダンスインザダークが死亡

大変残念なニュースです。武豊騎手との名コンビで1996年菊花賞(GI)など重賞3勝を挙げ、種牡馬としてもサンデーサイレンスの後継馬として数多くの重賞勝ち馬を輩出した名馬ダンスインザダーク(牡27)が、1月2日繋養先の安平町・社台スタリオンステーションで老衰のため亡くなりました。

ダンスインザダーク君のエピソードは、2005年8月29日の記事で掲載したとおり、オークス馬ダンスパートナーの全弟という良血馬に相応しい、世代屈指の実力馬として安定した走り(8戦5勝2着2回、3着1回)を見せてくれた名馬でした。特に待望の初GI制覇となった菊花賞の強烈な末脚は忘れられません。普段はクールな武豊騎手がゴール後、ガッツポーズを繰り返した姿は、とても印象に残っています。1番人気で挑んだ日本ダービーをあと一歩で逃した無念を晴らした渾身の追い込みでした。

ダンスインザダークは菊花賞後の屈腱炎発症により早すぎる引退となってしまいましたが、種牡馬入り後はGI馬4頭を含む数多くの重賞勝ち馬を輩出したのは見事でした。昨日の中山金杯は母の父ダンスインザダークのトリオンフが優勝。主にスタミナを産駒に良く伝えているようで、今後も彼の血は後世に受け継がれていくことでしょう。

最後に2004年牧場訪問の際に撮った写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。心からご冥福をお祈りします。

ダンスインザダーク(撮影日2004年8月22日・社台スタリオンステーション)
父サンデーサイレンス 母ダンシングキイ(母の父Nijinsky)
1993年6月5日生 牡27 鹿毛 千歳 社台ファーム生産 栗東・橋口弘次郞厩舎
(通算成績)8戦5勝
(重賞勝利)1996年菊花賞(GI)、弥生賞(GII)、京都新聞杯(GII)
(主な産駒)ツルマルボーイ(安田記念ほか)、ザッツザプレンティ(菊花賞ほか)、デルタブルース(菊花賞、メルボルンCほか)、スリーロールス(菊花賞)
1996年菊花賞優勝馬ダンスインザダークが死亡_b0015386_00050260.jpg
この日は草むらに寝転んで砂遊びをしていました。競争馬時代には見ることができなかったリラックスした姿のダンスインザダーク君を見れて、とても嬉しかったです。


by Yuuichiro_K | 2020-01-06 23:59 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2019年 11月 05日

1995年の年度代表馬GI4勝のマヤノトップガンが死亡

大変残念なニュースです。1995年の菊花賞(GI)と有馬記念(GI)を勝ち年度代表馬に輝き、古馬になってからも宝塚記念(GI)と天皇賞・春(GI)を勝つなどGI4勝を挙げた名馬マヤノトップガン(牡27)が、11月3日繋養先の新冠町・優駿スタリオンステーションで老衰のため亡くなりました。

マヤノトップガンのエピソードは、2005年9月13日の記事で掲載したとおり、パートナーの元祖天才・田原成貴騎手と演じた逃げ差し自在のレース振りが印象に残っています。菊花賞と宝塚記念は先行抜け出し、有馬記念は逃げ切り、天皇賞は外一気の差し切りと、本当に「魅せる」馬でした。
また、ナリタブライアン、サクラローレル、マーベラスサンデーといったライバルに恵まれ、数多くの名勝負を演じてくれたのも思い出深いです。
1995年の年度代表馬GI4勝のマヤノトップガンが死亡_b0015386_00092675.jpg
有馬記念優勝時の表彰写真(撮影日1995年12月24日)です。ナリタブライアン、ヒシアマゾン、サクラチトセオーなど歴戦の古馬相手に堂々の逃げ切りは見事でした。

なお、引退後は、種牡馬としてGI馬こそ輩出できなかったものの、数多くの重賞勝ち馬を出し、ブライアンズタイムの後継種牡馬として活躍しました。ただ、後継種牡馬はチャクラのみで、父系は途絶えそうなのは残念です。

最後に2005年牧場訪問の際に撮った写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。心からご冥福をお祈りします。

マヤノトップガン(撮影日2005年8月19日・優駿スタリオンステーション)
父ブライアンズタイム 母アルプミープリーズ(母の父Blushing Groom)
1992年3月24日生 牡27 栗毛 新冠 川上悦夫生産 栗東・坂口正大厩舎
(通算成績)21戦8勝
(重賞勝利)1997年天皇賞・春(GI)、1996年宝塚記念(GI)、1995年有馬記念(GI)、菊花賞(GI)、1997年阪神大賞典(GII)
(主な産駒)メイショウトウコン(東海Sほか)、プリサイスマシーン(スワンSほか)、バンブーユベントス(日経新春杯)、チャクラ(ステイヤーズSほか)、キングトップガン(目黒記念ほか)、ムスカテール(目黒記念)
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1995年の年度代表馬GI4勝のマヤノトップガンが死亡_b0015386_00090719.jpg
威風堂々、この日のトップガンはとても格好良かったです。素晴らしい走りをありがとう!どうか安らかに眠ってください。


by Yuuichiro_K | 2019-11-05 23:59 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 12日

キングマンボ系の大種牡馬&2004年ダービー馬キングカメハメハ逝く

ディープインパクトを失ったばかりの日本競馬界に再び悲しいニュースが飛び込んできました。2004年NHKマイルCと日本ダービーを共にレコードで制して変則二冠馬となり、種牡馬としても国内外GI6勝のロードカナロア、牝馬三冠馬アパパネ、交流ダートGI(JpnI)10勝のホッコータルマエなど数多くの活躍馬を輩出した名馬キングカメハメハが、9日、繋養先の安平町・社台スタリオンステーションで死亡しました。
今年、種牡馬を引退したばかりの悲報に言葉もありません。余生をゆっくり過ごしてもらいたかったです。。。

キングカメハメハは、父に世界中で活躍馬を輩出した大種牡馬Kingmambo、母にアメリカのサンタニアタダービー馬ザデピュティを産んだ名牝マンファス(母の父ラストタイクーン)という良血馬。2003年11月のデビュー戦を飾ると、続くエリカ賞(500万下)も勝ち2連勝。明け3歳初戦の京成杯(GIII)はフォーカルポイントの3着に敗れ、生涯唯一の敗戦を喫しましたが、この時、映像で初めて見たパドックの姿は、堂々と落ち着いて力強い歩様が目に付き、とても印象に残っています。

実際、その後は完全に本格化、すみれS(OP)、毎日杯(GIII)を共に楽勝すると、NHKマイルC(GI)は雨にも関わらず、1'32'5のレースレコードで2着の2歳王者コスモサンビームに5馬身差をつける圧勝。続く日本ダービー(GI)もアイネスフウジンが記録したレコードタイムを一気に2秒更新する2'23'3の驚異的な時計で2着のハーツクライに1馬身半差をつけて完勝。クロフネやタニノギムレットが挑戦して成し遂げることができなかった史上初の変則二冠馬となりました。

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日本ダービーのパドック写真(撮影日2004年5月30日)です。NHKマイルCレコード勝ちの疲れを感じさせない素晴らしい気配でした。

しかし、秋は天皇賞制覇を目指し緒戦の神戸新聞杯(GII)を快勝した直後に右前浅屈腱炎を発症。残念ながら同年10月23日、早すぎる無念の引退となりました。

それでも、種牡馬入り後は、2年目産駒から牝馬三冠馬アパパネ、ジャパンC馬ローズキングダムを輩出。2010年は1995年以降トップに君臨し続けたサンデーサイレンス系の種牡馬からリーディングサイアーを奪取。翌2011年もリーディングサイアーとなり日本生産界の頂点に君臨、大成功を収めました。
その後はディープインパクトの台頭もあってリーディング2位が続きましたが、その間も短距離GI6勝の顕彰馬ロードカナロア、日本ダービー馬ドゥラメンテ、レイデオロ、古馬GI2勝のラブリーデイ、ダートGI10勝のホッコータルマエ、クイーンエリザベス2世C馬・ルーラーシップなど芝、ダートを問わず活躍馬を多数輩出。日本にキングマンボ系を根付かせた活躍は本当に見事でした。

それにしても、2018年リーディング1位のディープインパクトに続き、同2位のキングカメハメハが相次いで亡くなるとは、一つの時代が終わったと感じます。寂しいなあ。。。

今日は最後に2005年の牧場見学で会うことができたキングカメハメハ君の勇姿をいつもより大きめのサイズで掲載します。

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この時はまだ、種牡馬入りしたばかりで、競走馬時代とほとんど変わらない姿でした。


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同じ父Kingmamboの名馬エルコンドルパサーが7歳で急死した分も頑張ったね!芝だけではなくダートでも走る産駒を出し続けたのは本当に立派だったと思います。
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沢山の名馬を送り出してくれて、本当にありがとうございました!キングカメハメハの血は、ロードカナロアやドゥラメンテなどを通じてまだまだ広がると信じています。どうか天国で産駒の活躍を見守ってください。心からご冥福をお祈りします。

キングカメハメハ(撮影日2005年8月20日・社台スタリオンステーション)
父Kingmambo 母マンファス(母の父ラストタイクーン)
2001年3月20日生 牡17 鹿毛 早来 ノーザンファーム生産 栗東・松田国英厩舎
(通算成績)8戦7賞
(重賞勝利)2004年日本ダービー(GI)、NHKマイルC(GI)、神戸新聞杯(GII)、毎日杯(GIII)
(主な産駒・GI勝利馬)ロードカナロア(スプリンターズSほか)、ローズキングダム(ジャパンCほか)、アパパネ(牝馬三冠ほか)、ルーラーシップ(クイーンエリザベス2世C)、タイセイレジェンド(JBCスプリント)、ベルシャザール(ジャパンCダート)、ハタノヴァンクール(ジャパンダートダービー)、ホッコータルマエ(チャンピオンズCほか)、ラブリーデイ(天皇賞・秋ほか)、レッツゴードンキ(桜花賞)、ドゥラメンテ(日本ダービーほか)、リオンディーズ(朝日杯FS)、ミッキーロケット(宝塚記念)、レイデオロ(日本ダービーほか)


by Yuuichiro_K | 2019-08-12 23:18 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2019年 07月 30日

世界に衝撃を与えた日本競馬史上最強の名馬、ディープインパクト逝く

大変悲しいニュースが飛び込んできました。武豊騎手との名コンビで、強烈な末脚を武器に2005年史上2頭目の無敗の三冠馬となり、4歳時には天皇賞・春、宝塚記念、ジャパンC、有馬記念を勝ってJRA史上最多タイのGI7勝を挙げ、種牡馬としても2012年から7年連続リーディングサイヤーとなって、海外でもGIホースを輩出する大活躍を続けていたスーパーホース・顕彰馬ディープインパクトが、繋養先の社台スタリオンステーションで頚椎骨折のため、30日朝に亡くなりました。奇しくも16歳で亡くなった父サンデーサイレンスとほぼ同じ17歳の早すぎるお別れとなってしまいました。

ディープインパクトは、父が歴史的大種牡馬サンデーサイレンス、母がドイツG1優勝馬ウインドインハーヘアという良血馬。2004年12月のデビュー戦(芝2000m)を上がり3ハロン33.1秒の末脚で後の重賞4勝馬コンゴウリキシオーに4馬身差で快勝。2戦目の若駒S(OP)は4コーナーで約10馬身あった差を直線だけで大外一気でごぼう抜きし、ゴール時点では後続に5馬身をつける衝撃の勝利で2連勝。

この走りを映像で見て、普段は中山競馬場に行かない自分も、ディープインパクトが見たい!という気持ちが抑えられず、弥生賞(GII)を観戦に行きました。ディープインパクトをパドックで初めて見た感想は、馬体が小柄で、時折小走りになる場面もあったことから「まだ馬が若いな」という印象。それでも、朝日杯FS優勝馬マイネルレコルト、京成杯優勝馬アドマイヤジャパンを相手に、鞭を使うことなく勝利。2005年牡馬クラシックの最有力候補となりました。(弥生賞の写真は、2005年3月6日の記事をご覧下さい)

クラシック第一弾・皐月賞(GI)は、スタートで躓くアクシデントがあり、後方2番手からの競馬となりましたが、直線は次元の違う末脚で2着シックスセンスに2 1/2馬身差をつける完勝。レース後、武豊騎手はレース後の記念撮影で指を1本立てて一冠をアピール。三冠馬シンボリルドルフの鞍上・岡部幸雄騎手が行ったパフォーマンスを再現し、三冠の手応えを掴んでいたようでした。(皐月賞の写真は、2005年4月17日の記事をご覧下さい)

クラシック第二弾・日本ダービー(GI)は、単勝1.1倍の史上最高の支持を集めましたが、その期待に応え2着インティライミに5馬身差、前年のキングカメハメハに並ぶダービーレコードタイの2'23'2で完勝。史上6頭目の無敗の二冠馬となりました。(日本ダービーの写真は、2005年5月29日の記事をご覧下さい)

夏を無事に越し、秋緒戦の神戸新聞杯(GII)はトウショウボーイのレコードを塗り替える1'58'4で快勝すると、三冠のかかった菊花賞は、菊花賞入場レコードとなる13万6701人の観衆が見守る中(この中に普段は関西遠征しない自分もいました。初めての京都競馬観戦でした)、単勝1.0倍の圧倒的人気に応えて、アドマイヤジャパンに2馬身差をつけて勝利。シンボリルドルフ以来、史上2頭目の無敗の三冠馬となりました。(菊花賞の写真は、2005年10月23日の記事をご覧下さい)

続く有馬記念(GI)はファン投票1位、単勝1.3倍の圧倒的支持を受けて出走しましたが、ハーツクライの2着に敗れ、初の敗戦。あの時の信じられないという空気、どよめきは今でも印象深いです。負けることが異常事態、そんな馬は、近年ではディープインパクトくらいのものでしょう。2005年は当然のことながら年度代表馬となりました。(有馬記念の写真は、2006年3月16日の記事をご覧下さい)

2006年は初戦の阪神大賞典(GII)を初の稍重馬場を苦にすることなく3 1/2馬身差をつけ快勝すると、天皇賞・春はロングスパートで押し切る圧巻の走りで3'13'4の芝3200mのレコードタイムで勝利。(このレースは、ディープインパクトが出走した国内GIレースで唯一、テレビ観戦でした。現地で見たかったなあ!)続く宝塚記念(GI)は、初めての雨のレースとなりましたが、2着ナリタセンチュリーに4馬身差をつけ完勝。圧倒的な力を見せ続けて、欧州最高峰レース・凱旋門賞(仏G1)制覇の期待が大きく膨らみました。(宝塚記念の写真は、2006年6月25日の記事をご覧下さい)

しかし、凱旋門賞は1番人気に推されましたが、いつもの飛ぶような末脚は発揮できず3着入線まで。レース後、禁止薬物が検出され、失格処分となるという大変残念な結果に終わりました。
それでも、帰国初戦のジャパンC(GI)は、1.3倍の圧倒的支持に応え優勝。引退レースとなった有馬記念も2着に3馬身差をつける完勝で、見事引退の花道を飾り、2年連続の年度代表馬に輝きました。(ジャパンCの写真は、2006年11月26日の記事を、有馬記念・引退式の写真は、2006年12月24日の記事をご覧下さい)

ディープインパクトは、引退後も種牡馬としてGI7勝のジェンティルドンナを筆頭に、日本ダービー馬を5頭(ディープブリランテ、キズナ、マカヒキ、ワグネリアン、ロジャーバローズ)、海外でもGIホースを輩出するなど大成功を収めました。
種牡馬リーディングも2012年からトップを守り続け、今年も2位のハーツクライに25億の差をつけているトップサイヤーであり、生産界にとって、世界的な損失となってしまいました。

それにしても、ブログを始めた2004年にこのような素晴らしい馬と巡り合えた幸運に、ただただ感謝しかありません。
そして、これから君のような強い競争馬に再び出会えるのだろうか?競争馬&種牡馬として日本競馬史上最高の評価を与えるに相応しい稀代の名馬であり、もちろん自分にとっても愛しのサラブレッドでした。

最後に、ディープインパクトの日本ダービー出走時の写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。
今はただ、長い活躍、本当にお疲れさまでしたという言葉しかありません。どうか安らかに眠ってください。競争馬として素晴らしい走りを見せ、種牡馬としても沢山の名馬を出してくれて、本当にありがとうございました!

ディープインパクト(撮影日2005年5月29日・日本ダービー)
父サンデーサイレンス 母ウインドインハーヘア(母の父Alzao)
2002年3月25日生 牡17 鹿毛 早来 ノーザンファーム生産 栗東・池江泰郎厩舎
(通算成績)14戦12勝
(重賞勝利)2006年ジャパンC(GI)、有馬記念(GI)、天皇賞・春(GI)、宝塚記念(GI)、2005年日本ダービー(GI)、皐月賞(GI)、菊花賞(GI)、2006年阪神大賞典(GII)、2005年弥生賞(GII)、神戸新聞杯(GII)
(主な産駒・GI勝利馬)ジェンティルドンナ(ジャパンCほか)、トーセンラー(マイルCS)、ダノンシャーク(マイルCS)、リアルインパクト(安田記念ほか)、マルセリーナ(桜花賞)、ディープブリランテ(日本ダービー)、スピルバーグ(天皇賞・秋)、ヴィルシーナ(ヴィクトリアマイル)、ジョワドヴィーヴル(阪神JF)、レッドキングダム(中山大障害)、ビューティーパーラーBeauty Parlour (プール・デッセ・デ・プーリッシュ)、 キズナ(日本ダービー)、アユサン(桜花賞)、ラキシス(エリザベス女王杯)、ショウナンパンドラ(ジャパンCほか)、エイシンヒカリ(香港Cほか)、ハープスター(桜花賞)、ミッキーアイル(マイルCSほか)、マリアライト(宝塚記念)、サトノアラジン(安田記念)、トーセンスターダム(トゥーラックハンデキャップほか)、リアルスティール(ドバイターフ)、ミッキークイーン(オークスほか)、ダノンプラチナ(朝日杯FS)、ショウナンアデラ(阪神JF)、マカヒキ(日本ダービー)、ディーマジェスティ(皐月賞)、サトノダイヤモンド(有馬記念ほか)、シンハライト(オークス)、ヴィブロス(ドバイターフほか)、ジュールポレール(ヴィクトリアマイル)、サトノアレス(朝日杯FS)、アルアイン(皐月賞ほか)、アンジュデジール(JBCレディスクラシック)、ダノンプレミアム(朝日杯FS)、ケイアイノーテック(NHKマイルC)、ワグネリアン(日本ダービー)、フィエールマン(天皇賞・春ほか)、サクソンウォリアーSaxon Warrior(英2000ギニー)、スタディオブマンStudy of Man (ジョッケクルブ賞)、ダノンファンタジー(阪神JF)、グランアレグリア(桜花賞)、ラヴズオンリーユー(オークス)、ロジャーバローズ(日本ダービー)
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これからもディープインパクトの血は、日本だけではなく、世界に広がり、発展し続けていくことでしょう。活躍を天国から見守ってください!


by Yuuichiro_K | 2019-07-30 23:13 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 18日

強い牝馬の先駆け、重賞9勝の女傑ヒシアマゾンが死亡

昨日は、種牡馬King's Bestキングスベスト(日本ダービー馬エイシンフラッシュの父)と現役の強豪馬シャケトラの急死という悲しいニュースが続きましたが、夜になって、またしても残念な知らせが届きました。

中舘英二騎手との名コンビで1994年エリザベス女王杯(GI)、1993年阪神3歳牝馬S(GI)の2つのGIを含む重賞9勝を挙げ、女傑と称えられた日本競馬史に残る名牝ヒシアマゾンが、繋養先のアメリカのポログリーンステーブルで現地時間15日の夜、老衰のため亡くなりました。

ヒシアマゾンは、アメリカ生まれの外国産馬。父がアメリカのブリーダーズカップ・ターフなどGI6勝を挙げたTheatricalシアトリカル、母がアイルランドの1000ギニー(GI)優勝馬Katiesケイティーズという世界的な良血馬の子として誕生。幼駒時代は、同世代の馬達を圧倒した動きを見せていたそうです。

デビュー戦は東京のダート1200m戦で1番人気に応えて優勝。2戦目のプラタナス賞(500万下、ダート1400m)は2着に敗れるも、初の芝のレースとなった3戦目の京成杯3歳S(GII)で2着に好走。すると、続く阪神3歳牝馬S(GI)は1'35'9のレコードタイムで2着に5馬身差をつけ圧勝し、1993年の最優秀3歳牝馬に輝きました。

4歳時は当時、外国産馬にクラシックへの出走が認められなかったため、残念ながら裏街道を歩むことになりました。その鬱憤を晴らすかのように、クイーンC(GIII)、クリスタルC(GIII)、ニュージーランドT4歳S(GII)、クイーンS(GIII)、ローズS(GII)、エリザベス女王杯(GI)と怒濤の重賞6連勝を飾りました。
特に後方から驚異的末脚で豪快な追い込みを決めたクリスタルCと、オークス馬チョウカイキャロルとの一騎打ちを制したエリザベス女王杯は共に歴史に残る名レースと言っても過言ではなく、一見の価値ありです。また、暮れの有馬記念(GI)で同年の三冠馬ナリタブライアンに次ぐ2着に好走したのも立派でした。当然のことながら1994年最優秀4歳牝馬に選出されました。

5歳となった1995年はアメリカに遠征するも、故障のため出走することなく帰国するアクシデント。しかし、秋には故障により精彩を欠いたナリタブライアンに代わって、古馬中長距離路線の主役として活躍。牡馬相手にオールカマー(GII)、京都大賞典(GII)を勝つと、ジャパンC(GI)ではドイツのLandoランドに次ぐ2着に好走、日本調教馬の牝馬として史上初めてジャパンC連対馬となりました。この活躍から、1995年最優秀5歳以上牝馬に選出され、3年連続でJRA賞の表彰馬となりました。

その後は蹄の不安もあって順調さを欠き、4戦して未勝利に終わり6歳時の有馬記念5着を最後に引退。アメリカで繁殖入りしましたが、産駒から重賞勝ち馬を輩出することができなかったのは残念でした。

それにしても、逃げが得意だった中館騎手とは真逆の追い込み脚質ながら、重賞を勝ちまくったのは本当に凄かったです。今の時代なら牝馬三冠馬になっていたんじゃないかなあ。
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懐かしのヒシアマゾンの的中馬券。追い込み馬だったから、直線は精一杯声援を贈ったのが良い思い出です。

現在は、大レースで牝馬が牡馬相手に勝つことは当たり前になっていますが、強い牝馬の時代の先駆けとして、彼女の活躍は永遠に色褪せることはないでしょう。
素晴らしい走りをありがとうヒシアマゾン!どうか安らかに眠ってください。

ヒシアマゾン(撮影日1995年11月26日・ジャパンC)
父Theatrical 母Katies(母の父Nonoalco)
1991年3月26日生 牝28 黒鹿毛 アメリカ・Masaichiro Abe生産 美浦・中野隆良厩舎
(通算成績)20戦10勝
(重賞勝利)1994年エリザベス女王杯(GI)、1993年阪神3歳牝馬S(GI)、1995年京都大賞典(GII)、オールカマー(GII)、1994年ニュージーランドT4歳S(GII)、ローズS(GII)、クイーンS(GIII)、クリスタルC(GIII)、クイーンC(GIII)
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by Yuuichiro_K | 2019-04-18 23:59 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 17日

追悼、シャケトラ

今日、大変悲しいニュースが入ってきました。今年のAJC杯(GII)、阪神大賞典(GII)を制し、再来週に行われる天皇賞・春(GI)の有力候補だったシャケトラが、今朝、調教中に左第1指骨粉砕骨折を発症、予後不良となり、この世を去りました。

シャケトラは、骨折のため、ダービー後の2016年6月の3歳未勝利戦がデビューとなりましたが、見事勝利。2戦目の500万下戦は3着に敗れたものの、3戦目から3連勝を飾ると、明け4歳初戦の2017年日経新春杯(GII)でいきなり2着に好走。続く日経賞(GII)で重賞初制覇を飾りました。その後は、天皇賞・春(GI)9着、宝塚記念(GI)4着、天皇賞・秋(GI)15着、ジャパンC(GI)11着、有馬記念(GI)6着とGIに挑戦し続けたものの、結果を残すことはできませんでした。

5歳時は、春に左前肢を骨折し、1年間レースに出走することができませんでした。しかし、6歳になった今年、長期休養明け初戦のAJC杯で菊花賞馬フィエールマンを破り、見事復活の重賞2勝目を挙げると、続く阪神大賞典は2着に5馬身差をつけ圧勝。天皇賞・春の主役になるとみられていただけに、本当に残念なことになりました。

シャケトラは、名前が印象的(由来はイタリアの幻のデザートワイン、鮭(シャケ)+虎(トラ)ではない!)だったことと、4歳時の秋のGI3戦(天皇賞・秋、ジャパンC、有馬記念)のパドックでとても良く見え、いずれも馬券を買って応援していたこともあり、個人的に思い入れのある馬でした。
また、漫画家のおがわじゅりさんの描くシャケトラ(なぜか、ジャスティース!と叫ぶ)のキャラも大好きでした。それだけに、今年の活躍はとても嬉しかったですし、マンハッタンカフェ産駒の最高傑作になる可能性も感じていただけに、本当に悲しいです。。。

最後に今日はシャケトラ君の写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。シャケトラ君、本当にお疲れさまでした。今はただ心からご冥福をお祈りします。

シャケトラ(撮影日2017年12月24日・有馬記念)
父マンハッタンカフェ 母サマーハ(母の父Singspiel)
2013年3月17日生 牡6 青鹿毛 安平・ノーザンファーム生産 栗東・角居勝彦厩舎
(通算成績)13戦6勝
(重賞勝利)2018年阪神大賞典(GII)、AJC杯(GII)、2016年日経賞(GII)
追悼、シャケトラ_b0015386_22545204.jpg


by Yuuichiro_K | 2019-04-17 22:55 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 03日

さようなら愛しのサラブレッド、GI7勝の歴史的名牝ウオッカ逝く

今日、大変残念なニュースが飛び込んできました。牝馬として64年振りに史上3頭目の日本ダービー馬となり、古馬となってからも強豪牡馬相手にジャパンC(GI)、天皇賞・秋(GI)、安田記念(GI)を勝つなどJRA史上最多タイのGI7勝を挙げ、顕彰馬にも選出された歴史的名牝・ウオッカ(牝15)が、滞在していたイギリスニューマーケットにおいて、3月に発症した右後肢第3指骨粉砕骨折が原因による蹄葉炎のため、4月1日に亡くなったことが判明しました。早すぎるお別れとなってしまい、本当に悲しいです。

ウオッカは、2006年10月にデビュー勝ち。2戦目の黄菊賞(500万下)は2着に敗れたものの、格上挑戦で挑んだ阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)を1'33'1のレコードで勝ち、2歳女王に輝きました。

3歳時はエルフィンS(OP)、チューリップ賞(GIII)を連勝し、桜花賞(GI)は圧倒的1番人気に推されるも宿命のライバル・ダイワスカーレットの2着に敗戦。しかし、次走を牝馬クラシック第2戦のオークス(GI)ではなく3歳最高峰レース・日本ダービー(GI)に果敢に挑戦すると、2着アサクサキングスに3馬身差をつけて圧勝。歴史的勝利を飾りました。
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日本ダービーのパドック写真(撮影日2007年5月27日)です。初めて見た彼女は、牡馬に混じっても全く見劣りしない好馬体、力強い動きが目に付きました。それは古馬になってからも最後まで変わりませんでした。

この大快挙に心から感動し、すっかりウオッカの虜となった自分は、彼女が休む間もなく出走した同年の宝塚記念(GI)(結果8着)、秋華賞(GI)(結果3着)を東京から関西まで現地観戦に行ってしまいました。これほど惚れ込んだ馬はそうはいません。まさに愛しのサラブレッドでした。

3歳秋から4歳春にかけてのウオッカは、ジャパンC(GI)4着、有馬記念(GI)11着、京都記念(GII)6着、ドバイDF(首G1)4着、ヴィクトリアマイル(GI)2着と勝ちきれないレースが続きました。
しかし、2008年安田記念(GI)で2着に3 1/2馬身差をつける圧勝で華麗に復活すると、秋には天皇賞・秋(GI)でダイワスカーレットとの歴史的名勝負を制し、レコードタイムで優勝。古馬短・中距離界の頂点に立ち、2008年の年度代表馬に選出されました。

5歳となった2009年は、国内初戦のヴィクトリアマイル(GI)を2着に7馬身差をつける圧巻の勝利でGI5勝目を挙げると、続く安田記念(GI)は狭い馬群をこじ開けるド根性の走りで堂々の連覇達成。秋はジャパンC(GI)を3度目の正直でついに勝利。牝馬として史上初となる2年連続の年度代表馬に選出されました。

引退後は欧州で繁殖入りし、Sea The StarsやFrankelなど欧州の大種牡馬の仔6頭を産みましたが、残念ながら現時点で重賞勝ち馬は出ていません。
ただ、産駒のうち3頭は牝馬ということで、彼女達を通じてウオッカの血が受け継がれていくことになりそうなのは幸いです。

それにしても、彼女はGI7勝のうち、6勝が東京競馬場で挙げたものであり、無類の東京競馬場巧者でしたね。
銅像が東京競馬場に造られたのも納得です。また、パドックの立ち振る舞いの美しさ、常に落ち着いて堂々と周回していた姿は、走る馬のお手本といってよく、今も目に焼き付いています。
本当に多くの感動と素晴らしい走りをありがとう!心からご冥福をお祈りします。

なお、彼女が優勝した栄光の日の写真は以下の記事に掲載していますので、よろしければご覧ください。

2007年日本ダービー    2007年5月27日
2008年安田記念      2008年6月8日
2008年天皇賞・秋     2008年11月2日
2009年ヴィクトリアマイル 2009年5月17日
2009年安田記念      2009年6月7日
2009年ジャパンC     2009年11月29日

ウオッカ(撮影日2009年6月7日・安田記念)
父タニノギムレット 母タニノシスター(母の父ルション)
2004年4月4日生 牝15 鹿毛 静内・カントリー牧場生産 栗東・角居勝彦厩舎
(通算成績)26戦10勝
(重賞勝利)2009年ジャパンC(GI)、2008天皇賞・秋(GI)、2007年日本ダービー(GI)、2009年・2008年安田記念(GI)、2009年ヴィクトリアマイル(GI)、2006年阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)、2007年チューリップ賞(GIII)
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by Yuuichiro_K | 2019-04-03 23:59 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)
2019年 03月 20日

2000年高松宮記念優勝馬キングヘイローが死亡

大変残念なニュースです。2000年高松宮記念(GI)優勝馬キングヘイロー(牡24)が、19日繋養先の新冠町・優駿スタリオンステーションで老衰のため亡くなりました。

キングヘイローのエピソードは、2005年9月12日の記事で掲載したとおり、史上最強世代と言っても過言ではない1998年クラシック世代(同期はスペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、アグネスワールド、エアジハードなど)の実力馬として、スプリント戦から有馬記念(引退レースで4着に好走)まで様々な距離のレースに挑戦し、好走を続けてくれた名馬でした。
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皐月賞のパドック写真(撮影日1998年4月19日)です。1998年クラシック路線では、スペシャルウィーク(日本ダービー優勝)、セイウンスカイ(皐月賞、菊花賞優勝)と共に3強と呼ばれていました。

GIタイトルこそ高松宮記念の1勝にとどまりましたが、首の高い走法で豪快に追い込むスタイルは、とても個性的で、印象に残る名馬でした。

また、引退後は、種牡馬として自身同様スプリント路線で活躍した2009年スプリントGI連覇のローレルゲレイロや、2006年のオークスを勝ち、同年の最優秀3歳牝馬に選出されたカワカミプリンセスを出したのも見事でした。

最後に2005年牧場訪問の際に撮った写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。心からご冥福をお祈りします。

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キングヘイロー(撮影日2005年8月19日・優駿スタリオンステーション)
父ダンシングブレーヴ 母グッバイヘイロー(母の父Halo)
1995年4月28日生 牡24 鹿毛 新冠・協和牧場生産 栗東・坂口正大厩舎
(通算成績)27戦6勝
(重賞勝利)2000年高松宮記念(GI)、1999年中山記念(GII)、東京新聞杯(GIII)、1997年東京スポーツ杯3歳S(GIII)
(主な産駒)ローレルゲレイロ(2009年スプリンターズS、高松宮記念)、カワカミプリンセス(2006年オークス)、メーデイア(2013年JBCレディスクラシック)


by Yuuichiro_K | 2019-03-20 23:59 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(2)
2019年 01月 17日

ブライトライン

今日は昨年亡くなった重賞勝ち馬の写真を掲載します。2017年10月20日の室町S(OP)のレース中に発症した左第1指関節脱臼のため予後不良となり、この世を去った2013年みやこS(GIII)など重賞2勝を挙げたブライトライン君です。

ブライトラインは、2011年9月にデビュー(結果4着)、3戦目で初勝利。続く黄菊賞(500万下)を勝ちオープン入りすると、翌2013年ファルコンS(GIII)で重賞初制覇を飾りました。

4歳春に芝の短距離路線からダート短距離路線に転向すると、初戦の京葉S(OP)を3着に好走。続く麦秋S(1600万下)、マリーンS(OP)を連勝し、秋にはみやこS(GIII)を勝ち、久しぶりの重賞制覇を飾りました。
その後も2016年オアシスS(OP)を勝つなど、9歳となった昨年まで息の長い活躍を続けましたが、前述のとおり2018年室町S14着が最後のレースとなってしまいました。
今日は、ブライトライン君の写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。遅くなりましたが、心からご冥福をお祈りします。

ブライトライン(撮影日2017年2月19日・フェブラリーS)
父フジキセキ 母シェリーズスマイル(母の父King of Kings)
2009年5月6日生 牡9 青毛 新冠・ノースヒルズマネジメント生産 栗東・鮫島一歩厩舎
(通算成績)45戦7勝
(重賞勝利)2013年みやこS(GIII)、2012年ファルコンS(GIII)
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by Yuuichiro_K | 2019-01-17 21:24 | 天国に旅立った名馬 | Trackback | Comments(0)