カテゴリ:04年牧場写真( 55 )


2017年 02月 07日

スペシャルウィークが種牡馬引退

本日、1998年日本ダービー、1999年天皇賞春秋連覇、ジャパンCを勝ち、種牡馬としても日米オークス馬シーザリオ、GI6勝の女傑ブエナビスタを輩出した歴史的名馬・スペシャルウィークが種牡馬を引退することが明らかになりました。
今後は、レックススタッドから生まれ故郷の日高大洋牧場に移り余生を過ごす予定です。

スペシャルウィークのエピソードについては、2005年8月26日の記事で掲載したところですが、史上稀に見るハイレベルな同世代のライバル(グラスワンダー(有馬記念2勝、宝塚記念、朝日杯3歳S)、エルコンドルパサー(ジャパンC、NHKマイルC、サンクルー賞典)、セイウンスカイ(皐月賞、菊花賞)、エアジハード(安田記念、マイルCS)、キングヘイロー(高松宮記念))を相手に堂々と王道を歩み続け、数々の死闘で沢山の感動を与えてくれた名馬でした。

種牡馬としても先に挙げた歴史的名牝2頭以外にも菊花賞馬トーホウジャッカル、ダートの強豪ローマンレジェンド(東京大賞典)、ゴルトブリッツ(帝王賞)と計5頭のGI(級)ホースを輩出したのも素晴らしかったですね。

今日は、2004年の牧場見学で撮影したスペシャルウィークの牧場写真をいつもより大きめのサイズで掲載します。種牡馬生活、本当にお疲れさまでした。これからは生まれ故郷でのんびり長生きしてください!

スペシャルウィーク(撮影日2004年8月22日・社台スタリオンステーション)
父サンデーサイレンス 母キャンペンガール(母の父マルゼンスキー)
1995年5月2日生 牡22 黒鹿毛 門別・日高大洋牧場生産 栗東・白井寿昭厩舎
(通算成績)17戦10勝
(重賞勝利)1998年日本ダービー(GI)、1999年天皇賞・春(GI)、天皇賞・秋(GI)、ジャパンC(GI)、阪神大賞典(GII)、AJC杯(GII)、1998年弥生賞(GII)、京都新聞杯(GII)、きさらぎ賞(GIII)
(主な産駒)ブエナビスタ(ジャパンC他)、シーザリオ(オークス他)、トーホウジャッカル(菊花賞)、ゴルトブリッツ(帝王賞)、ローマンレジェンド(東京大賞典)



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この日はとても人懐こく、近くに寄ってきてくれたスペシャルウィーク君でした^^


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by Yuuichiro_K | 2017-02-07 21:10 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)
2007年 10月 29日

1997年のクラシック2冠馬サニーブライアン(牡13)が種牡馬引退

☆今日のニュース
「1997年のクラシック2冠馬サニーブライアン(牡13)が種牡馬引退」
1997年に日本ダービー(GI)、皐月賞(GI)の2冠を制したサニーブライアン(牡13)が種牡馬生活を引退し、浦河・優駿ビレッジAERUで余生を過ごすことになりました。
サニーブライアンは、1998年に種牡馬入りし、カゼニフカレテ(2003年愛知杯GIII)、グランリーオ(2005年中日新聞杯GIII)の2頭の重賞勝ち馬を輩出したものの、種付け希望が減少していました。地方競馬の2001年ファーストシーズンチャンピオンサイアーになる活躍もしていただけに残念なことになりました。
今日は、2004年の牧場見学で会ったサニーブライアン君を掲載します。

サニーブライアン(撮影日2004年8月21日・アロースタッド)
父ブライアンズタイム 母サニースイフト(母の父スイフトスワロー)
1994年4月23日生 牡13 鹿毛 浦河・村下ファーム生産 美浦・中尾銑治厩舎
(通算成績)10戦4勝
(重賞勝利)1997年日本ダービー(GI)、皐月賞(GI)
(主な産駒)カゼニフカレテ(愛知杯)、グランリーオ(中日新聞杯)
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「シーキングザベスト(牡6)引退、アメリカで種牡馬入り」
2006年の武蔵野S(GIII)優勝馬・シーキングザベストが10月28日付けで競走馬登録を抹消、来春からアメリカ・ケンタッキー州のヒルンデールファームで種牡馬入りすることになりました。重賞勝ちは1勝のみでしたが、ダートの短距離路線で安定した走りを見せてくれました。アメリカで種牡馬入りできるなんて良かったですね、お疲れ様でした。
今日は、最後のレースになった今年の武蔵野S(GIII)出走時の写真を掲載します。なお、彼の重賞制覇の勇姿は、2006年10月28日の記事をご覧ください。

シーキングザベスト
父Seeking the Gold 母Mackie(母の父Summer Squall)
2001年5月21日生 牡6 黒鹿毛 アイルランドBritton House Stud Ltd生産 栗東・森秀行厩舎
(通算成績)21戦8勝
(重賞勝利)2006年武蔵野S(GIII)
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☆次走情報
ダイワメジャー→マイルCS又はジャパンC
メイショウサムソン→ジャパンC
コンゴウリキシオー→香港マイル
カンパニー→マイルCS
サンアディユ→京阪杯
アグネスアーク→マイルCS
アドマイヤモナーク→ステイヤーズS
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by Yuuichiro_K | 2007-10-29 23:05 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)
2006年 01月 23日

ビワハヤヒデ、種牡馬引退

☆今日のニュース
「ビワハヤヒデ(牡16)、種牡馬引退」
1993年の年度代表馬、ビワハヤヒデが種牡馬を引退することになりました。今後は、現在の繋養先・門別町の日西牧場で引き続き余生を過ごす予定です。
ビワハヤヒデはGIを3勝、16戦して15連対という素晴らしい競走成績を残し、1995年から種牡馬入りしたものの近年配合に恵まれず、2003年以降は産駒が誕生していませんでした。主な産駒として、サンエムエックス(2001年日経新春杯2着)、テンエイウイング(2003年中山牝馬S2着)、シアトルリーダー(2004年阪神スプリングJ・2着)を出しましたが、残念ながら重賞勝ち馬は輩出していません。なお、半弟の三冠馬ナリタブライアンは死亡、ビワタケヒデも既に種牡馬を引退しており、残念ながら名牝パシフィカス産駒の父系は途絶えてしまいそうです。とても残念ですが、今はお疲れさまと言いたいです。

今日は、2004年の牧場めぐりで会ったビワハヤヒデ君を掲載します。
なお、プロフィールは、2004年8月26日の記事をご覧ください。

ビワハヤヒデ
1990年生 16戦10勝 父シャルード 母パシフィカス(母の父Northern Dancer)
GⅠ勝利 1993年菊花賞 1994年天皇賞春 宝塚記念
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(2004年8月20日・日西牧場にて撮影)
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by Yuuichiro_K | 2006-01-23 23:59 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(2)
2005年 09月 09日

シンボリルドルフ(04’牧場写真最終回)

2004年牧場写真のラストを飾るのは、2005年9月現在、日本競馬唯一の無敗の三冠馬、GI7勝、史上最強馬の呼び声も高い、皇帝と呼ばれた名馬・シンボリルドルフです。

シンボリルドルフ
1981年生 16戦13勝 父パーソロン 母スイートルナ(母の父スピードシンボリ)
GI勝利 1984年皐月賞、日本ダービー、菊花賞、有馬記念 1985年天皇賞・春、ジャパンC、有馬記念
主な産駒 トウカイテイオー(皐月賞、日本ダービー、ジャパンC、有馬記念)

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どことなく漂う気品。引退から20年近くが過ぎているとはとても思えない、若々しい体つきに、感嘆しました。最強馬と呼ばれた皇帝の輝きは今もまだ健在です。(2004年8月22日(日)AM シンボリ牧場にて撮影) 

シンボリルドルフの皇帝伝説は、1983年7月の新潟1000Mのデビュー戦から、エピソードに事欠きません。調教師は名ジョッキーとしてミスター競馬と呼ばれた野平祐二。入厩当初、調教助手としてルドルフに乗っていたのは、現調教師の藤沢和雄氏でした。(後に、あまりの乗り心地の良さに野平師が主に乗ることになりますが^^)。ただならぬ素質を見抜いた野平師は、岡部騎手に「1000mのレースだが1600mのつもりで乗ってくれ」とレース前に注文をつけたそうです。そして、デビュー戦は、不良馬場の先行有利の状況にも関わらず、差す競馬をして注文どおり快勝しました。岡部騎手は、3歳(旧表記)時のルドルフについて、「古馬のように完成された風格を持っていた」と語っています。

3歳時を3戦3勝で終えたルドルフの4歳初戦は、クラシックの登竜門・弥生賞(GⅢ)でした。岡部騎手はここで選択に迫られます。ルドルフ同様、無敗(4戦4勝)でデビューから岡部騎手が手綱をとってきたビゼンニシキも弥生賞に出走してきたからです。しかし、岡部騎手は迷わずルドルフを選択、結果はルドルフがビゼンニシキを降し、岡部騎手の選択が正しかったことが証明されたのでした。
そして、クラシック第1弾・皐月賞(GI)も弥生賞同様、ビゼンニシキとの一騎打ちとなりましたが、ルドルフは2’01’1の皐月賞レコードで完勝。5戦5勝で無敗の皐月賞馬となりました。表彰式で岡部騎手は指を1本立てて1冠目奪取をアピール、早くも3冠へ向けて手ごたえを感じていたようでした。

続く、サラブレッドの頂点を決める日本ダービー(GI)は、当然のことながら圧倒的人気でレースに挑むことになりました。しかし、レースでは向う正面で岡部騎手が手綱を動かしているのにルドルフは反応せず、岡部騎手が慌てたそうです。しかし、ルドルフはレースを知っていたのです。「まだ動く所ではない」ということを。ルドルフは、3コーナー過ぎから加速を始めると4コーナーで逃げていたスズマッハから10馬身近くあった差をあっという間に縮め、直線坂上できっちりとらえ、終わってみればいつもどおりの快勝でした。岡部騎手に従わず、自分で競馬をして、勝つ。こんな賢いエピソードのある馬の名を未だに僕は知りません。

無敗の3冠へ向けて、夏をシンボリ牧場で放牧されながら鍛錬をつんだルドルフは休養初戦のセントライト記念(GⅢ)を追うことなくコースレコードの2’13’4で圧勝。菊花賞(GI)は、ゴールドウェイに3/4馬身差をつけて難なく完勝。8戦8勝で、日本競馬に燦然と輝く史上初の無敗のクラシック3冠馬となりました。

ルドルフは、休むことなく当時は菊花賞から2週間後に行われていたジャパンC(GI)に出走しました。ローテーションがきつかったせいか、体調不良(下痢をしていたそうです)と伝えられながら挑戦したレースは、宝塚記念馬カツラギエースの逃げ切りの前に初の敗北(3着)を喫しました。しかし目標を外国馬において、人気薄のカツラギエースの逃げを軽視したための敗戦、決して実力負けではないことを証明するため、ルドルフはグランプリ有馬記念(GI)に駒を進めます。
この年の有馬記念は前年の三冠馬ミスターシービーと宝塚記念、ジャパンCを制したカツラギエースが出走し、正に実力日本一を決めるにふさわしい対決となりました。ここでルドルフは、逃げるカツラギエースを早めにマーク、4コーナーで早々とこれを交わすと、追い込むミスターシービーには影も踏ませず、結局2着カツラギエースに2馬身差をつける横綱相撲というべき強い競馬で見事に優勝しました。しかも勝ちタイムはレコードタイムの2’32’8。これで文句なしの1984年度年度代表馬に選出されました。

5歳になってもルドルフは、皇帝の名にふさわしい強さを見せつけました。初戦の日経賞(GⅡ)は馬なりのまま逃げ切って4馬身差で圧勝。三冠馬ミスターシービーとの最後の対決となった天皇賞・春は、ミスターシービーが追い込みという自分のスタイルを捨て、早めにまくってルドルフの前にいったん出るという奇襲をかけましたが、直線すぐにミスターシービーを差し返し、そのまま他馬も寄せ付けず優勝しました。歴史に残る2頭の三冠馬の戦いは、シンボリルドルフの3戦3勝という形で決着しました。

宝塚記念を直前で脚部不安により回避したルドルフは、ぶっつけで天皇賞・秋(GI)に挑みましたが、大外17番枠で出遅れる苦しい競馬となりました。それでも直線早めにしかけ、ウインザーノット、ニホンピロウイナーを直線競り落としますが、最後の最後に後方一気に賭けたギャロップダイナの大外強襲にあい、まさかの2着に敗れました。タイムは1’58’7の日本レコード。岡部騎手は騎乗ミスを悔やみ、この日やけ酒を飲んだそうです。そして、プライドを傷つけられた皇帝もまた、レース後、涙を流して荒れ狂ったそうです。ルドルフは、やはり競馬を知っていたとしか思えない凄いエピソードだと思います。

敗戦に打ちひしがれることなく、ルドルフは続く海外の強豪を相手にしたジャパンCを快勝、これはレース史上初めての1番人気馬での優勝でした。昨年3着の雪辱を晴らすとともに、前走不覚をとったギャロップダイナにもきっちりと雪辱を果たしました。そして、海外遠征のため国内最後のレースとなった有馬記念ではこの年、圧倒的な強さでクラシック2冠に輝いたミホシンザンに4馬身差をつけて圧勝し、有馬記念連覇、史上最多のGI7勝目をあげ、2年連続の年度代表馬に輝いたのでした。有馬記念のフジテレビ盛山アナの名実況「世界のルドルフやはり強い、日本のミホシンザンを離す」は、今でも印象深いです。
そして、レース後、野平師は 「やっぱり、絶対はあったんですよね」と語り、「競馬に絶対はない、けれどもルドルフには絶対がある」という名言が生まれたのでした。


閑話休題
一般に「競馬には絶対がない」と言われています。しかし僕はそうは思いません。
強い馬がきっちりと力が出せる状態にあれば、これを負かすことは非常に困難です。それを教えてくれたのがルドルフでした。僕が現在、ある程度パドックで馬を見ることができるようになったのも、(モニターのテレビ画面からでしたが)ルドルフを見て「これが走る馬の身のこなしなんだ」ということが頭に刷り込まれたおかげだと思っています。「競馬には絶対がある」という言葉は決して間違いではないと信じ、今もパドックで馬を見つめています。


さて、世界制覇の夢を賭けて、アメリカ・サンルイレイS(GI)に挑戦したルドルフは、レース中の故障もあり6着に敗れ、このレースを最後に引退しました。種牡馬となったルドルフは、初年度産駒からGI4勝の「帝王」ことトウカイテイオーを出して、親子2代の深い感動を僕たちに残してくれました。


テレビやビデオでしか見たことがなかったルドルフを初めて牧場で見た感想は、冒頭に述べたとおり、若々しく、気高い雰囲気を感じました。最初は柵のそばにいて、僕たちの近くで草を食んでいたのですが、しばらくすると柵から離れ、遠くに行ってしまいました。「孤高」という言葉がぴったりの行動に思わず胸が熱くなりました。
ルドルフと会ってわずか3週間後の9月13日、ルドルフの種牡馬引退が発表されたわけですが、種牡馬引退直前に会うことができ、本当に行って良かったです。
最後に、「願わくば、皇帝の血、帝王の血が末広がらんことを!」心から祈っています。


さて、今日まで2004年の牧場写真をお届けしてきましたが、懐かしい馬たちにたくさん会えて、一生の思い出になりました。みんな本当に元気そうで見ていてとても幸せな気持ちになりました。貴重な名馬を見せていただいた牧場関係者の皆様、企画したツアーの関係者に深く深く感謝いたします。

来週からは、2005年牧場巡りで会った馬達を掲載する予定です。
引き続き楽しんでいただければと、思います。
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by Yuuichiro_K | 2005-09-09 00:00 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(2)
2005年 09月 06日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その51-(シンボリルドルフ)

昨日の記事でお伝えしたとおり、自分が参加したツアーの模様が週刊Gallopに載るということで、普段は買わない(週刊Gallopの関係者の方、ごめんなさい;)今週号のギャロップを買ったわけですが、買ってびっくり、自分の写真が載っていたこと以上に嬉しいことがありました。

今週の表紙は、なんと初恋のサラブレッド・シンボリルドルフ君と最も好きだった元ジョッキー岡部幸雄さんだったのです!

しかも巻頭特集が、「我が人生の名馬を尋ねて 岡部幸雄、再会の旅」だなんて、これはたとえ自分の写真が載っていなくても「買い」の内容でありました^^

そして偶然にも、長くお届けしてきた2004年牧場写真のフィナーレを飾るのは、2004年牧場巡りで最も会いたかった馬、愛しのサラブレッド・シンボリルドルフ君です。

僕が競馬を好きになったきっかけの馬であり、語りたいことがたくさんあるので、詳細なプロフィールは、後日に譲ることにします。

今日は、シンボリルドルフ君の牧場での一コマを掲載します。

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撮影日2004年8月22日(日)AM シンボリ牧場
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by Yuuichiro_K | 2005-09-06 23:59 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(2)
2005年 09月 02日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その50-(ネオユニヴァース)

2004年8月22日(日)AM 社台スタリオンステーション

2004年、社台スタリオンステーションでの写真は今日が最後になります。
今日登場は、2003年のクラシックで三冠挑戦の夢を見せてくれた二冠馬ネオユニヴァース君です。

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牧場の方が、「今日の隠し玉ですよ」と最後に紹介してくれたのは、2004年8月18日に引退発表したばかりのネオユニヴァース君でした。

ネオユニヴァースは、イタリアのデムーロ騎手との名コンビで2003年の皐月賞(GI)と日本ダービー(GI)の二冠を一番人気で優勝した名馬でした。また、ダービー直後の宝塚記念(GI)にも果敢に挑戦(4着)、秋の菊花賞(GI)にも無事出走してファンに夢を見せてくれたことも忘れられません。残念ながら菊花賞は、ザッツザプレンティの3着に敗れ、惜しくも三冠はなりませんでしたが、2003年最優秀3歳牡馬に選ばれました。4歳時も古馬戦線の主役として活躍が期待されましたが、天皇賞・春(GI)10着敗退後、屈腱炎を発症してしまい、残念ながら早々と引退してしまいました。それにしても、引退発表した4日後にすぐに牧場で再会できて嬉しかったです。また、屈腱炎の具合が心配だったので、牧場の方に具合はどうですか?と聞いたのですが、「連日ウォーキングマシンで運動できるくらいで、順調に回復しています。」ということで、ほっと安心しました^^

ネオユニヴァース
2000年生 13戦7勝 父サンデーサイレンス 母ポインテッドパス(母の父Kris)
GI勝利 2003年皐月賞、日本ダービー


☆次走情報
 メイショウボーラー→放牧
 サカラート→白山大賞典
 ホーマンテキーラ→セントウルS
 ジョウノビクトリア→ローズS
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by Yuuichiro_K | 2005-09-02 23:59 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 01日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その49-(マンハッタンカフェ)

2004年8月22日(日)AM 社台スタリオンステーション

今日登場は、2002年の最優秀4歳以上牡馬、GI3勝の実力馬マンハッタンカフェ君です。

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牧場の方は、とにかく父サンデーサイレンスそっくりだから、期待していますと語っていました。


マンハッタンカフェは、2001年3歳1月のデビューということもあり、春のクラシックは出走できませんでした。けれども夏の札幌競馬の芝2600M戦で古馬相手に連勝、確かな成長を遂げたマンハッタンカフェは最後の一冠、菊花賞(GI)でダービー馬ジャングルポケットらを相手に完勝、嬉しいGI初制覇を飾りました。続くグランプリ有馬記念(GI)では、前年の覇者テイエムオペラオー、春のグランプリホース・メイショウドトウらを相手に堂々の優勝。その実力を改めて示したのでした。明け4歳になったマンハッタンカフェは、日経賞(GⅡ)でまさかの6着に敗れましたが、本番の天皇賞・春(GI)では前年の年度代表馬ジャングルポケット、古豪ナリタトップロードを相手に完勝、名実共に国内古馬の頂点に立ったのでした。サンデーサイレンス産駒にしては珍しく?気性が素直な印象のある馬で、鞍上の蛯名騎手の思うとおりに動けることが長距離戦での安定した強さにつながっていたように感じました。その後、世界制覇の夢を求め、凱旋門賞(仏GI)に挑戦しましたが、レース中の故障もあって13着に終わり、そのまま引退したのは残念でした。
牧場に帰ったマンハッタンカフェ君は、父そっくりの風貌(とあるドラマでサンデーサイレンス役を演じたそうです^^)からたくさんのお嫁さんに恵まれているそうです。父のように素晴らしい産駒がたくさん産まれると良いですね。

マンハッタンカフェ
1998年生 12戦6勝 父サンデーサイレンス 母サトルチェンジ(母の父Law Society)
GI勝利 2001年菊花賞、有馬記念 2002年天皇賞・春


☆次走情報
 チャクラ→オールカマー
 ファストタテヤマ→オールカマー
 グラスボンバー→オールカマー
 レースパイロット→秋華賞
 タガノアイガー→コスモス賞
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by Yuuichiro_K | 2005-09-01 22:01 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(2)
2005年 08月 31日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その48-(アドマイヤコジーン)

2004年8月22日(日)AM 社台スタリオンステーション

今日登場は、後藤騎手に涙の中央初GIをプレゼントした2002年の最優秀短距離馬アドマイヤコジーン君です。
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牧場の方の話によると、コジーン君は祖父のノーザンテーストに良く似ているんだそうです。


アドマイヤコジーンは、1998年東京スポーツ杯3歳S(GⅢ)、朝日杯3歳S(GI)を連勝、最優秀3歳牡馬に輝き、早くから素質を開花させました。しかし、クラシックシーズン直前に無念の骨折、足にボルトを埋め込むほどの重症で、5歳の夏まで休養となってしまいました。そして、復帰したものの1年間全く勝つことができずなんと12連敗、ただの早熟馬だったのかという声も聞かれました。けれどもアドマイヤコジーンは決して終わってはいませんでした。5歳夏から半年余り休養してじっくりと立て直し、6歳時初戦の東京新聞杯(GⅢ)で3年ぶりの重賞制覇、長いトンネルを抜けついに復活したのでした。ターゲットを短距離路線に定めた判断も的確で、続く阪急杯(GⅢ)を優勝、高松宮記念(GI)も2着に好走しました。そして、復帰4戦目の安田記念(GI)は、7番人気と評価は低かったのですが、レースは好位置から早め先頭に立つと堂々と押し切って3年半振りのGI制覇を達成したのでした。鞍上は中央競馬のGI初制覇となった後藤騎手、レース後人目をはばからず号泣する姿に、長い苦労の末復活したアドマイヤコジーン君となかなかGIレースを勝てなかった後藤騎手の苦労がシンクロして、見ている僕も胸が熱くなりました。それにしても、2歳時と6歳時にGIを勝つというのは立派なことです。早くからの、そして息の長い活躍が評価されたのか種牡馬としての人気も上々とのことで、来年デビューする子どもたちが楽しみです。

アドマイヤコジーン
1996年生 23戦6勝 父Cozzene 母アドマイヤマカディ(母の父ノーザンテースト)
GI勝利 1998年朝日杯3歳S、2002年安田記念


☆今日のニュース
「マイネルセレクト(牡6)、屈腱炎発症で引退へ」
2004年JBCスプリント(GI)優勝馬マイネルセレクト(栗東・中村均厩舎)が、右前脚屈腱炎を発症、現役を引退することになりました。今後の予定は未定。通算成績は16戦9勝(重賞4勝)でした。


☆次走情報
 ハーツクライ→天皇賞・秋
 ダイワレイダース→毎日王冠
 ヤマニンアラバスタ→府中牝馬S
 アドマイヤジャパン→神戸新聞杯
 ストーミーカフェ→神戸新聞杯
 ローゼンクロイツ→神戸新聞杯
 サンライズバッカス→ダービーグランプリ
 タイギャラント→シリウスS
 アドマイヤムーン→札幌2歳S
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by Yuuichiro_K | 2005-08-31 22:54 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(3)
2005年 08月 29日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その47-(ダンスインザダーク)

2004年8月22日(日)AM 社台スタリオンステーション

今日登場は、今や父内国産馬のエース、サンデーサイレンスの後継馬として大活躍のダンスインザダーク君です。

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この日会ったダンス君は最初、足元の砂場でゴロゴロ転がっていましたが、人の気配でパッと立ち上がってこっちを向いてくれました^^

ダンスインザダークは、兄に94年ダービー2着のエアダブリン(父トニービン)、姉に95年オークス馬のダンスパートナー(父サンデーサイレンス)を持つ良血馬として注目されていましたが、期待に違わぬ活躍をした名馬でした。
95年12月の新馬戦を勝ち上がると、続く2戦目のラジオたんぱ賞3歳S(GⅢ)は3着、3戦目のきさらぎ賞(GⅢ)は2着、4戦目の弥生賞(GⅡ)は1着と着実にステップアップ、クラシックの最有力候補となりました。ところが好事魔多し、熱発のため皐月賞(GI)直前にリタイア、目標をダービーに切り替えたのでした。しかし、ダービートライアルのプリンシバルSを優勝して1番人気で挑んだ日本ダービー(GI)は、ゴール直前フサイチコンコルドに交わされて2着に敗れ、春は無冠に終わりました。そして雪辱に燃える秋、順調に夏を越したダンスインザダークは、京都新聞杯(GⅡ)を快勝し、1番人気で菊花賞(GI)に挑みました。ところがレースは後方で包まれる苦しい競馬となり、直線入り口では絶望的な位置どりに見えました。しかし、上がり3ハロン33.8秒という長距離レースの常識を超えた一世一代の鬼脚を見せてロイヤルタッチとフサイチコンコルドを豪快に差し切って見事優勝、ついに悲願のGI制覇を達成したのでした。菊花賞でこれほどの直線一気を決めたのは、ちょっと記憶にありません。それくらい印象に残る豪脚でした。残念ながらその代償なのか、菊花賞直後に脚部不安を発症して早々と引退しましたが、種牡馬として早くもGI馬を3頭出すなど、亡きサンデーサイレンスの有力後継馬として大活躍をしています。

ダンスインザダーク
1993年生 8戦5勝 父サンデーサイレンス 母ダンシングキイ(母の父Nijinsky)
GI勝利 1996年菊花賞
主な産駒 ツルマルボーイ(安田記念)、ザッツザプレンティ(菊花賞)、デルタブルース(菊花賞)


☆今日のニュース
「メイショウボーラー(牡4)、米遠征中止」
10月1日にアメリカのベルモントパークで行われるヴォスバーグステークス(米GI・ダート1200M))に出走を予定していたメイショウボーラーが、右寛は行を発症したために遠征を取り止めることになりました。期待していただけに残念ですが、今は故障が早く良くなることを祈っています。
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by Yuuichiro_K | 2005-08-29 23:59 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(2)
2005年 08月 26日

2004年8月、懐かしい馬たちに会いに行きました-その46-(スペシャルウィーク)

台風11号のため、泊り込みの仕事になってしまい、2日ぶりの更新です。
その間、沢山の方から1周年のおめでとうメッセージを頂きました。みなさま、どうもありがとうございました。

さて、今日登場は現3歳世代の産駒が大活躍で、大種牡馬サンデーサイレンスの後継馬として期待が高まるGI4勝の名馬・スペシャルウィーク君です。(撮影日2004年8月22日(日)AM、社台スタリオンステーション)

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この日のスペシャルウィーク君は、隣の放牧地にいるサクラバクシンオー君が放牧地から外に出るのを見て、まずは大興奮(放牧地走り回り)。後、うらやましそうに見つめ続けていました。


スペシャルウイークは、天下の武豊騎手に初のダービージョッキーの栄光を与えた馬であり、また、幾多の活躍馬を出したサンデーサイレンス産駒の中で最も「王道」を歩んだ名馬でした。(今年のディープインパクト君が更に王道を極めるかもしれませんが^^)。
デビュー3戦目、1勝馬の身で挑戦した98年のきさらぎ賞(GⅢ)を1番人気で快勝すると、続く弥生賞(GⅡ)では、キングヘイロー、セイウンスカイを破って優勝し、一躍クラシックロードの主役となりました。皐月賞(GI)は外を回った分、セイウンスカイの逃げ切りを許し3着に敗れましたが、サラブレッドの頂点を決める日本ダービー(GI)では、息の長い末脚を存分に見せつける5馬身差の圧勝劇で見事雪辱を晴らし、栄光のダービー馬となりました。しかし、秋の菊花賞(GI)はセイウンスカイの2着、ジャパンC(GI)は同期の外国産馬エルコンドルパサーの3着に敗れる無念も味わいました。けれども99年の冬から再び快進撃を見せ、AJC杯(GⅡ)→阪神大賞典(GⅡ)→天皇賞・春(GI)と重賞3連勝で再び頂点に返り咲いたのでした。特にクラシックで苦杯をなめたセイウンスカイを早めマークでつぶし、前年の覇者・メジロブライトの追撃を完封した天皇賞の走りは見事でした。その後も宝塚記念(GI)はグラスワンダーの2着に敗れたものの、天皇賞・秋(GI)では、後方一気の豪快な追い込みを見せてレコードタイムで優勝し、タマモクロス以来の天皇賞春秋連覇を達成。ジャパンC(GI)は凱旋門賞馬フランスのモンジューを相手に圧勝、有馬記念は歴史的な名勝負(武騎手が幻のウイニングランをしてしまうくらいの際どい競馬)となり、グラスワンダーのハナ差2着。王道を歩み続け、強敵相手に素晴らしい成績を残しました。
そして、種牡馬入りして2世代目となる子どもたちが今年のクラシックで大活躍、日米オークス制覇のシーザリオ、京都新聞杯優勝、日本ダービー2着馬インティライミを出しました。(残念ながら2頭とも故障してしまいましたが(涙))。亡きサンデーサイレンスの後継馬としてこれから本当に楽しみです。

スペシャルウィーク
1995年生 17戦10勝 父サンデーサイレンス 母キャンペンガール(母の父マルゼンスキー)
GI勝利 1998年日本ダービー、1999年天皇賞・春、天皇賞・秋、ジャパンC
主な産駒 シーザリオ(オークス)、インティライミ(京都新聞杯)


☆次走情報
デュランダル→スプリンターズS
タイムパラドックス→南部杯
ラインクラフト→ローズS
スズカマンボ→天皇賞・秋
アドマイヤマックス→スプリンターズS
ダンスインザムード→府中牝馬S
カネヒキリ→ダービーグランプリ
コスモサンビーム→京成杯AH
オペラシチー→オールカマー
レクレドール→エリザベス女王杯
アドマイヤフジ→セントライト記念
エリモハリアー→朝日CC
エンゲルグレーセ→放牧→シリウスS又は東京盃
コンラッド→セントライト記念
サイレントディール→エルムS
スムースバリトン→セントライト記念
ローゼンクロイツ→神戸新聞杯
マイネヌーヴェル→福島記念
インタータイヨウ→シリウスS
ウインデュエル→ペルセウスS
ウェディングバレー→放牧→秋風S
エルノヴァ→オールカマー
カナハラドラゴン→オールカマー
カフェボストニアン→セントウルS又は福島民友C
キングストレイル→セントライト記念
スズノマーチ→オールカマー
ケイアイガード→毎日王冠
チアフルスマイル→放牧
トップガンジョー→セントライト記念
ボーンキング→朝日CC
サンレイジャスパー→ローズS
トウカイルナ→ローズS
ホオキパウェーブ→オールカマー
ペニーホイッスル→セントウルS
マツリダゴッホ→札幌2歳S
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by Yuuichiro_K | 2005-08-26 23:59 | 04年牧場写真 | Trackback | Comments(0)